ホームオピニオンDオピニオンD

 文字サイズ

覚えてますか“インドのシンザン”

2013年11月18日

 優勝した米国牝馬のメアジードーツと、当時まだ19歳だった鞍上のC・アスムッセン

 優勝した米国牝馬のメアジードーツと、当時まだ19歳だった鞍上のC・アスムッセン

拡大写真はこちら
 1~4着までを外国馬が独占した第1回ジャパンカップ

 実際のオウンオピニオンは体重400キロ前後の小柄な馬で、その外見からは“最強馬”の面影はなかったが、額に埋め込まれた真紅のルビーが母国での君臨ぶりを物語っていた。そして、周囲からの半信半疑の眼差しを察した?タミール語しか話せない若い厩務員は、様子を伺いにやってくる報道陣に対し、地面に「40(戦)、27(勝)、(2着)8(回)、(3着)2(回)」の数字を書き、「オウンオピニオン!ナンバーワン!インディア!」と自信満々に叫ぶのだった。

 ところで、日本での最初の国際競走は第1回ジャパンカップではない。本番の2週前に前哨戦として組まれた平場のオープン戦(のちの富士ステークス)が第1号で、そのレースに出走したオウンオピニオンこそが、日本競馬史上に残る日本で初めて走った外国馬なのである。

 その前哨戦のパドック、もちろん観衆の視線を一身に浴びたのはオウンオピニオンだった。馬体重400キロ。競馬専門紙の評価は無印か△がポツポツというところだったが、発表直後のオッズは7頭立ての3番人気。最終的にも5番人気に支持されたのだが…。

 レースは重馬場1800m。当時は出走できるレースが限られていた外国産馬のタクラマカンが先手を奪ってそのまま楽勝。注目のオウンオピニオンは道中おっ付けながら4番手を進んだが、府中の長い直線と坂で急失速し、障害馬のジョーアルバトロスにも大きく差をつけられ、勝ったタクラマカンから2秒5差のドンジリ負け。かの厩務員は見るのも気の毒なくらいうなだれ、それから本番までオウンオピニオンがマスコミの話題になることはなかった。同馬の名誉のために付け加えておくと、第1回ジャパンカップでのオウンオピニオンはカナダの2頭には先着して15頭立ての13着。出走体重396キロは32年経った今でも、このレースの歴代出走馬最軽量記録である。

◆なかなか来ない北米勢

 オウンオピニオン騒動?が終わると、ジャパンカップの話題はいっとき下火になってしまった。米国やカナダからの招待馬がなかなか来日しないのだ。日本入国時には5日間の検疫があり、早く来ないと長旅の疲れも取れず、調整もままならないのでは…と心配する声が日を追って大きくなる。日本馬の国際レース参戦が身近になった昨今と違って、馬の海外遠征に対する考え方が日本と欧米では大きな違いがあった。

 北米からの招待馬の目玉は獲得賞金が100万ドルを超え、唯一G1を勝っていた米国牝馬のザベリワン。同じく米国牝馬のメアジードーツの勝ち鞍はG2までで、牡馬のぺティテートは仏G2勝ちはあるものの米国移籍後は今一つで、鞍上の名手シューメーカーばかりにスポットライトが当たっていた。カナダ勢もカナダ国内での実績はそれなりにあったが、当時はまだ日本と同様に国際グレードレースはほとんどなく、実力は未知数だった。

そんな外国勢を、競馬通の作家・寺山修司は「優駿」誌上で、戦後間もなく来日した米3Aチーム「サンフランシスコ・シールズ」になぞらえたが、野球の結果も競馬の結果もまさに同じになってしまった。野球の方は「3A相手なら勝てるだろう」と言われていたのに、赤バットの川上や青バットの大下らを擁した日本は6戦全敗。競馬の方も1~4着を独占されたのだ。

 レースへ向けての調整方法も、日本の関係者を仰天させた。カナダの1頭を除いて北米勢が来日したのはレースの10日前。さらに検疫から東京競馬場に移っても、ほとんど強い調整をしない。さらに午後運動は一切なし。レース週の水曜か木曜に強く追い切り、午後運動もみっちりやっていた当時の日本式調整法とはまったく別物だった。中でも、結果的に第1回チャンピオンとなるメアジードーツはコースに出ない日もあり、調整もキャンターに毛が生えた程度。「脱水症で体調不十分」と言われながら、当時のレコードを0秒5も上回るタイムで優勝してしまったのだ。

◆ホウヨウボーイの加藤和が証言「差はなかった」

 本番のレースについては、YouTubeを検索してもらえば動画で見ることができるので詳述は避けるが、“日の丸特攻隊”として「外国馬にハナは奪わせない」と宣言していたサクラシンゲキが最初の1000mを57秒8の超ハイペースで逃げ、それを3番手で追っかけたカナダの芦毛馬フロストキングが最後の直線でもうひと伸びして2着に粘ったのは、勝ったメアジードーツの驚異的な末脚とともに外国馬の底力を見せつけられた思いだった。ちなみにフロストキングは翌年、オウンオピニオンが大敗した前哨戦を圧勝している。

 3着にザベリワン、4着はペティテートで、かろうじて日本、それも地方競馬出身のゴールドスペンサーが掲示板の一番下に名を連ねた。以下、天皇賞・秋の1、2着馬ホウヨウボーイ、モンテプリンスが6、7着。結果だけ見れば、明らかに日本勢の完敗である。

 あれから32年、今はトレーナーに転じているホウヨウボーイ騎乗の加藤和宏調教師に改めて当時を振り返ってもらうと、意外な答えが返ってきた。もちろん「勝負事に“たら”とか“れば”はないけど」との前提つきだが、「ホウヨウボーイが勝ってたとは言わないけど、まともなら互角の勝負になっていた」というのだ。その根拠は、タクラマカンがゲートを突き破ってフライングした際のアクシデントにある。

 「第1回の国際レースということで、日本馬はどの陣営も負けられないというプレッシャーの中で馬を仕上げていた。特にホウヨウボーイは前年の年度代表馬だし、直前の天皇賞も勝っていて、ジャパンカップはそれこそ究極の仕上げだった。それだけに馬の神経も研ぎ澄まされていて、2つ隣の枠のタクラマカンが突進したのにつられてホウヨウボーイもダッシュしようとしてゲートの金具に顔をぶつけて、そのときに前歯を3本も折ってしまったんだ。人間で考えたって、歯が3本折れてまともに走れると思う?」

 ホウヨウボーイがゲートに突っ込んだ際に加藤和騎手もゲートの中で落馬しかけ、自分の体勢を立て直すのがやっとで愛馬の負傷出血には気づかずにレースが始まってしまったという。結果的にホウヨウボーイは勝ったメアジードーツから約5馬身差の6着。“たら”“れば”は通じないのを承知の上で、32年経った今でも「差はなかった」と悔しがる心情は痛いほど伝わってきた。

◆いまや普通のG1になってしまった?国際レース

 「このごろのジャパンカップには胸が躍らなくなった」と思うのは私だけだろうか。少なくても20世紀中のジャパンカップは外国馬と日本馬が勝ったり負けたりの対抗戦ムードで盛り上がった。それがここ数年、高額賞金レースの選択肢が広がったせいか(それでも今年の優勝賞金2億5千万円は世界一だ)、日本の硬い馬場を敬遠するせいか、海外のチャンピオンホースが目の色変えて来日するケースは減り、加えて日本馬も凱旋門賞が究極の目的となって、今年はオルフェーヴルもキズナも出ない。

 この原稿を書いている時点で、参戦予定の外国馬はわずか3頭。うち2頭は今秋のフランスでオルフェーヴルやキズナに大差をつけられている。日本馬圧倒的優勢はデータも物語っていて、過去10年で3着以内に入ったのべ30頭のうち外国馬はわずか2頭だけだ。

 ジェンティルドンナとゴールドシップのどちらが強いか…に話題が集中するレースなら、なにも国際G1のジャパンカップでなくてもいい。JRAはそろそろ、実施時期の再検討や、他のカテゴリーの国際G1とスケジュールを組み合わせて海外の有力馬主や厩舎が何頭も一緒に連れてこられるようにするなど、マンネリ打破へ手を打つべきだろう。 

(デイリースポーツ・関口秀之)

前ページ123



インサイドニュース

  • 【野球】オリックス・紅林 目標公言 ミスで“みそぎ”の丸刈り 野球にひたむきな“真っすぐ”な男(5月4日)
  • 【野球】慶大・丸田、中大・東恩納ら1年生が活躍しているワケ 東都担当阪神・吉野スカウト「それだけ昨年の4年生が良かった」(5月3日)
  • 【サッカー】逆転優勝へ望みをつなぐINAC神戸のエース田中美南 監督が「INACのメッシ」と絶賛する理由(5月3日)
  • 【野球】ザキゲラ?ゲラザキ?阪神、W守護神で岡田監督の妙がより発揮 打順、代打の状況で順番決める(5月3日)
  • 【野球】阪神・高橋遥人の素顔 おちゃめな姿、冷めぬ野球熱 リハビリ組の小川&伊藤稜が語る(5月3日)
  • 【スポーツ】横浜Mと障がい者サッカーの関わり「サッカーができるから生きていけると言ってくれて」20年以上紡がれてきた歴史(5月2日)
  • 【ファイト】アイドルとプロレスの二刀流・渡辺未詩 どちらが好きかと問われれば(5月2日)
  • 【野球】1週間で3発!広島・宇草を進化させた新井良太2軍打撃コーチの助言とは?(5月2日)
  • 【野球】カブス・今永昇太が新人王の有資格者にしているMLBは一考を 日本球界は米のマイナー・リーグではない(4月30日)
  • 【野球】1試合3失策の阪神・木浪復活へのポイントとは 藤本コーチ「技術はある。腹をくくって」馬場コーチ「次へ次へと行く気持ちで」(4月30日)
  • 【野球】阪神ブルペンに欠かせない桐敷 飛躍の裏にあるメンタル面の成長「少しずつ分かってきたのかな」(4月30日)
  • 【スポーツ】女子ソフトボールJDリーグに異色の事務局長が誕生 つば九郎を手がけた加藤謙次郎氏が新たな挑戦を選んだ理由(4月30日)
  • 【野球】阪神が連覇へ好発進した要因 岡田監督「やっぱりリリーフ陣やで。そらそうやろ」開幕から1カ月、全員が防御率1点台以下 日陰のポジションでも(4月29日)
  • 【野球】天然芝、人工芝の特徴と違いとは? NPB12球団中4球団が天然芝球場 両方を本拠地の経験者に聞いた(4月28日)
  • 【野球】ロッテの若武者・友杉 好調の理由 着実に描く成長曲線 助言と試行錯誤でさらなる進化へ(4月27日)
  • 【野球】DeNA一番の快足と評された投手の今 プロ野球選手のセカンドキャリアサポート&野球普及へ(4月26日)
  • 【野球】阪神・岡田監督が「そら大したもんやと思うよ」絶賛した逆転劇 昨季終盤の強さを感じさせた選手とベンチの一体感 継投も要因に(4月25日)
  • 【野球】セットアッパー2年目の広島・島内 重圧の日々も支えとなっている黒田球団アドバイザーの言葉とは?(4月25日)
  • 【スポーツ】米国離れ来季からBリーグでプレー 渡辺雄太が選ぶNBAベストゲームとは 出場213試合のうち「4つあります」(4月25日)
  • 【野球】阪神がサヨナラ危機で満塁策を採らなかった理由 岡田監督「三振取れる方選べ」投手のメンタル優先、それを可能にする守備力(4月29日)
  • 【野球】阪神・岡田監督が「負けへんのが一番ええわ」と語った意味 貯金を持つからこそ価値あるドロー 負けない強さ際立つ(4月24日)
  • 【スポーツ】ツアーに本格復帰した成田美寿々の現在地 会心の一打にファンからは大歓声「あぁ良かった。まだできるな」(4月24日)
  • 【野球】同学年最速の1軍登板なるか 楽天の高卒ドラ3新人・日当直喜の野望 憧れの投手の背中を見て学ぶ日々(4月23日)
  • 【野球】MVP右腕の阪神・村上が「真っスラ」を取り戻せた理由とは 「去年の感覚に戻ってきている」(4月23日)
  • 【野球】日本ハムはなぜ好調?裏付けのある躍進に新庄監督「驚きはないかな」 宣言通りの「セコセコ野球」が機能(4月23日)
  • 【野球】なぜ阪神・近本の三振数が増えているのか 自ら語るその理由「目付けのタイミングのズレ」(4月23日)
  • 【野球】なぜ中日は首位から滑り落ちたのか リーグ10勝一番乗りから泥沼4連敗(4月22日)
  • 【野球】阪神・岡田監督が見せた「雨の戦い方」とは?初回から攻め手の連続「無理やり木浪にバントさした」対照的に動かなかった中日 明暗分かれる(4月21日)
  • 【スポーツ】宮城野部屋勢は転籍を“転機”にできるか 所属力士が伊勢ケ浜部屋へ 横綱照ノ富士の見解は(4月20日)
  • 【スポーツ】桃田賢斗、かつてのビッグマウス封印も人生そのものが“雄弁”だった世界王者 五輪出場は1回…記録より記憶に残るスーパースター(4月20日)
  • 今日みられてます

    • 1
    • 2
    • 3
    • 4
    • 5
    • 6

    注目トピックス

    カードローン、即日融資

    私でも審査が通る?人気のカードローンを厳選比較!収入証明不要、即日融資も⇒

    阪神タイガースプリント

    紙面に掲載された厳選写真をお近くのセブン-イレブン、ローソン、ファミリーマート、サークルKサンクスで!

    競馬G1プリント

    紙面に掲載されたG1のレースシーンをお近くのセブン-イレブン、ローソン、ファミリーマート、サークルKサンクスで!

    阪神 今日は何の日?

    タイガースが1面を飾った出来事が満載!

    今日は誰の誕生日?

    毎日更新!誕生日を迎えた有名人を紹介