【野球】カフェオーナーになった元ロッテ名物アナウンス担当・谷保さんが思い描く夢 本拠地Vを「スタンドで共有できたら」
今年9月から千葉県市川市でカフェ「2lipan(トゥリパン)」を経営する谷保恵美さん(59)は、ロッテの場内アナウンスを33年間務めたレジェンドだ。伸びやかで透明感のある高音ボイスでの選手紹介、試合進行はZOZOマリンスタジアムの名物だった。2023年シーズンをもってマイクの前から離れ、カフェオーナーとして新たな人生を歩み始めた谷保さんが古巣となったスタジアムで思い描く夢を語った。
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2023年10月7日。本拠地最終戦となったオリックス戦の試合終了を告げながら谷保さんは、こみ上げる思いを堪えきれずにいた。
グラウンドでの最終戦セレモニーでは、この年限りでの引退を表明していた谷保さんのために、サプライズの卒業式が用意されていた。
「そういうことはやめてと言ってたんですけど。カメラマンの方が集合して3人が花束を持って待ってくれていて。行かざるを得なかった」
恐縮しながら登場すると吉井理人監督、益田直也投手らから花束を手渡され、スタンドからの谷保コールを一身に浴びた。幸せをかみしめた瞬間だった。
物語には続きがあった。本拠地最終戦で敗れCS進出を決められなかったロッテは、シーズン最終戦の楽天戦で勝利して2位を確定させ、本拠地でのCSファーストステージが実現。谷保さんに“再登板”の機会が訪れたのだ。
1勝1敗で迎えた10月16日の第3戦。0-0の延長10回、ソフトバンクに3点を奪われロッテは厳しい展開に持ち込まれた。だが、その裏に神がかり的な反撃が始まる。藤岡裕大選手が起死回生の同点3ラン、そして安田尚憲選手がサヨナラ打。グラウンドには歓喜の輪が広がった。
「幕張の奇跡」と呼ばれるこの一戦は、谷保さんの最後の担当試合となった。
「あの球場で勝って終われた。それも劇的な試合で。歓喜のシーンっていうのは本当にうれしいです。スタジアムがワーッとなる。あの雰囲気がすごい好きなんですよね。それを何度も共有させてもらったのは幸せですね」
いくつもの幸せな光景を思い浮かべるように、谷保さんは遠くを見つめた。
「一番言いにくかったけど、一番多く名前を呼んだ」と語る福浦和也選手の2000本安打達成もこの場所だった。
「ファンの皆さんと一緒にカウントダウンしながら一緒に見届けられて喜べた。あの感激はなんなんでしょうね、一体感というか」
福浦選手のプロ25年目、42歳での偉業達成を球場全体で祝えたのは忘れられない思い出だ。
場内アナウンスの仕事を卒業して野球界を離れた谷保さんが、今年9月から新たに始めたカフェには、多くのロッテファンのお客さんが訪れる。
「お店で同年代のファンの方とお話しする機会があるんですけど、サブローさん、福浦(和也)さんを応援してきた世代の方が多いんです。みんなが見守ってきたんですね。その2人が1、2軍で監督になられた。私も楽しみですしファンの方も同じ気持ちだと思います」
94年度ドラフトで入団のサブロー監督、93年度の福浦2軍監督。新人当時から成長ぶりを見てきた2人がタッグを組んで迎える来シーズンへ、期待はふくらむ。
仕事として通い詰めたマリンスタジアムだが、試合中は放送室に缶詰め状態。スタンドからの風景を楽しんだこともなかった。だからこそ、スタンドで純粋に野球を楽しむことは、卒業後の夢のひとつだった。
「まだ、そんなにたくさん行ってないんですけど、これからの人生、長いんで、これからの楽しみでね」
33年間で1軍公式戦2100試合の場内アナウンスを担当し、オールスター戦も日本シリーズも経験したが、願い続けていた本拠地での優勝は実現していない。
「その瞬間を球場で迎える時に、見られたらいいなと思います。スタンドで共有できたら」
機が熟し、その時が訪れるのを、お客さんを相手にコーヒーを入れながら、楽しみに待つつもりでいる。(デイリースポーツ・若林みどり)
◇谷保恵美(たにほ・えみ)1966年5月11日生まれ。北海道出身。帯広三条高で野球部マネジャー、札幌大女子短期大時代は札幌大野球部のマネジャーを務める。90年にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に入社し、91年から場内アナウンス担当。91年8月9日に1軍デビュー。2022年7月17日に1軍公式戦通算2000試合を達成。23年の本拠地最終戦で2100試合到達。同年限りで33年間務めた場内アナウンス担当を引退し12月に退職。25年9月から千葉県市川市でカフェ「2lipan(トゥリパン)」を営む。





