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三国連太郎さん“役者バカ”人生に幕

2013年4月16日

 映画「台風」で監督を務める(左は主演の山本学)=1964年7月12日

 映画「台風」で監督を務める(左は主演の山本学)=1964年7月12日

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 三国さんは群馬県出身で、幼少時に静岡県に移り住み、10代から工員や船員などさまざまな職業を経験した。戦後も職を転々としたが、1950年に東京・東銀座を歩いていたところをスカウトされ、松竹映画のオーディションを受けた。当時は珍しかった180センチの長身に迫力のある顔立ちが木下恵介監督の目に留まり、「善魔」で映画デビュー。役名の「三国連太郎」をそのまま芸名にした。

 65年の「飢餓海峡」では次々に人を殺しながら逃亡を図る強盗殺人犯を鬼気迫る表情で演じ、高い評価を得た。その後も「神々の深き欲望」(68年)、「復讐するは我にあり」(79年)、「利休」(89年)など多くの作品に出演。晩年は「釣りバカ‐」シリーズのスーさんこと建設会社の鈴木一之助社長として多くのファンに親しまれた。また、監督としても映画「親鸞・白い道」(87年)でカンヌ国際映画祭審査員賞に輝いた。

 三国さんは主役、脇役、善人、悪人…と、あらゆる役を演じた。演技に入り込みすぎるあまり、悪人を演じている間は、周囲を近づかせない雰囲気をつくっていたという。また、老人役を演じた映画「異母兄弟」(57年)では、役作りのために、上下の歯を10本抜くなど、人生のすべてを演技にぶつけていた。

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