体も心も軸がぶれない…それが大迫勇也
2014年5月9日
大迫は常々、先を見て行動してきた。鹿児島城西高系列の鹿児島育英館中に進学したのは、サッカー部が新設だったため。先輩がいないことで1年生から試合に出られる環境があると考えた。体をつくってきたのも、世界で戦う力を10代のうちから養う必要があると感じていたから。ドイツ移籍もその延長線上の決断だ。「W杯に出るだけじゃなく、活躍するためにドイツに行くことにしました」。今年1月に移籍を決意した際にそう宣言したが、周囲からは反対されていた。
今年の1月3日、大迫はドイツ移籍発表の直前に、鹿児島城西高の初蹴りに参加した。実はこのとき、小久保監督はどうしたらドイツ行きを思いとどまらせることができるか頭を悩ませていた。U‐17W杯、ロンドン五輪と2回、世界大会のメンバー落ちを経験してきたため、周囲は「今度こそ」の思いが強かった。W杯メンバーに確実に入るためには、慣れ親しんだ鹿島で実績を積んだ方がいい。大迫の両親からも「残るように話して下さい」と懇願されていた。
だが、大迫はぶれなかった。
大迫「どうすればいいですかね」
監督「親御さんは何と言ってるんだ」
大迫「残れと言っています」
監督「鹿島で活躍して選ばれるのを待った方がいい」
大迫「でも…。日本でやっていても厳しい中ではできません」
まるで用意していたかのような鋭い反論に、小久保監督は決意の固さを悟った。
1860ミュンヘンのチーム事情も「1トップの選手が30代なんで(自分が)出られそうです。1部の下の方に行って出られないかもしれない、というよりも、2部の真ん中の方が出られます」と入念に調べ上げていた。鹿島の先輩のMF小笠原満男やDF内田篤人(シャルケ)にも相談して、チャンスがあるなら行くべきだという助言も受けていた。
小久保監督は説得を諦めた。
恩師に漏らした移籍の目的の一つに、「フィジカル面でドイツ人の方が強いということを払しょくしたい」というものがある。ドイツでの日本人評は技術があり、敏しょう性がある、というもの。最前線での激しい肉弾戦にも耐えられる大迫にすれば、強い日本人もいることを示す、またとない機会だった。
ドイツデビュー戦となった2月10日のデュッセルドルフ戦では、ペナルティーエリア内で首に手をかけられ倒される激しいプレーも経験した。想定通りの環境で、後半18分には相手GKがこぼしたボールに詰めて蹴り込みドイツ初ゴール。きっちり結果を残した。
ドイツでは14試合6得点3アシストと実力を証明した。常に自分の判断で環境を選び、壁を打ち破ってきた。W杯で活躍する準備はできている。
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