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虎党お好み焼き店 元祖へんくつや

2013年9月23日

 大ファンの阪神の帽子をかぶり、手を振る初代女将の静子さん(右)と2代目女将の川原久子さん=広島市中区新天地の元祖へんくつや(撮影・出月俊成)

 大ファンの阪神の帽子をかぶり、手を振る初代女将の静子さん(右)と2代目女将の川原久子さん=広島市中区新天地の元祖へんくつや(撮影・出月俊成)

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 大ファンの阪神の帽子をかぶり、手を振る初代女将の静子さん(右)と2代目女将の川原久子さん=広島市中区新天地の元祖へんくつや(撮影・出月俊成)

 「(数えで)100歳になった義母(はは)が、戦後間もなく屋台でお好み焼きを焼いていました。まだそのころは選手かどうかは知らなかったみたいですが、いろんな文化人などに交じって来られていたようです。店を構えた時、屋台時代に来られていた小山さんや安藤(統男)さん、村山(実・故人)さんらが来られてたそうです」

 ‐お義母さんはなぜお好み焼きの屋台を構えたのでしょう。

 「食べていくためです。女学校を出て大阪の生命保険会社の本店にトップで入ったプライドを捨て、子どもたちを学校に行かすために広島に戻ってきた。子どもを故郷の島に預けて一人でお好み焼きの屋台をしたそうです。後に子どもを広島に呼ぶんですが、だんな(濶さん)の姉は学生服を着てキャベツを切っていたそうです。女は強いですね」

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