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映画史・時代劇研究家 春日太一氏

2013年9月2日

 大洋ホエールズのキャップ、パチョレックTシャツ姿で4冊の自著を手にする春日太一氏=東京・木場のデイリースポーツ東京本部(撮影・三好信也)

 大洋ホエールズのキャップ、パチョレックTシャツ姿で4冊の自著を手にする春日太一氏=東京・木場のデイリースポーツ東京本部(撮影・三好信也)

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 ‐東映映画への思いが結実した一冊ですね。

 「僕自身、東映の入社試験を受け、卒論のテーマは『仁義なき戦い』。試験には落ちたんですが、自分の中での愛は冷めませんでした。それで、往年の様子を知る撮影所のOBや現役のベテランスタッフさんたちに取材して回りました。時代劇の黄金期、任侠映画、実録路線、『鬼龍院花子の生涯』など大作の時代から今に至るまで、スタッフさんから聞いた裏話の中に、片岡千恵蔵、市川右太衛門、中村錦之助、深作欣二や工藤栄一…と監督や役者が入り交じった栄枯盛衰がある。三国志であり水滸伝のような群像劇を出せればと」

 ‐入社試験失敗という挫折から出発された。

 「『悔しい』という感情も僕には大きいモチベーションになるんですよ。いくら取材しても、その成果を発表させてくれる媒体がない時代が長く、毎晩トイレで便器に顔を突っ込んで泣いていた。単著1作目『時代劇は死なず!』は開高健ノンフィクション賞にノミネートされた作品ですが、審査員の1人、崔洋一監督に『東映京都の話はそんな生ぬるいもんじゃない』と落とされた。監督の言葉で心がさらに燃え、それなら認めさせるだけの本を書いてやると思いました。先日、仲代さんの川喜多賞のパーティーで崔さんにお会いし、この話をしたら『頑張ったな』と握手してくださって、うれしかったですね」

 ‐新作の内容を少しご披露いただけますか。

 「序章では並河正夫さんという撮影所の駐車場係をされていた方の映画人生を描きました。東映で製作進行というスケジュール管理の仕事で中村錦之助やマキノ雅弘に認められ、『トラ・トラ・トラ!』で共同監督を務めた舛田利雄組での仕事が評価されて“アソシエート・プロデューサー”としてハリウッド映画に名前が載った。その人物が実は元ヤクザだったという話から始まります」

 ‐読みどころは。

 「組合闘争や世代闘争、ただの銀幕懐古譚(たん)ではないバチバチした人間ドラマを前面に出しましたので、そこは映画に興味ない方でも楽しんでいただけるかと。また、五社英雄監督が実際に使われた台本がカラーの口絵に載ります。赤鉛筆、青鉛筆、さらに筆で書いた真っ黒の書き込みがものすごい。五社監督の『鬼龍院‐』で有名な『なめたらいかんぜよ』というセリフ、実は台本に書かれていなかった。どうやって、あの言葉が生まれたのかを、脚本の高田宏治さんにうかがって本に書いています」

 ◆08年から今年にかけて4冊の新書版の単著を発表。2作目「天才 勝新太郎」(10年)では従来の“勝新イメージ”を覆した。水道橋博士が同作をツイッターで絶賛し続け、世間でも認知される“出世作”となった。映画ではソフト化されない勝監督デビュー作「顔役」、テレビでは座頭市シリーズや「警視‐K」など勝の演出作品に注目し、同時代的にはほぼ黙殺された演出家としての魅力を現在に伝えた。

 ‐“監督・勝新”はリアルタイムでない世代の注目点だと思います。

 「僕も勝さんの晩年では同時代に生きていて、当時はそのスキャンダル性に引っ張られていましたが、その後で監督作品を見た時のギャップがすごかった。ワイドショー的な私生活での豪快さ、映画の中の役者としてのヒロイックさに比べると、勝さん自身が演出した作品は繊細なものが多い。それで勝組のスタッフに聞くと、とてつもなく面白い話が出てきた」

 ‐勝組には台本がなかったそうですね。

 「それは武勇伝で語られがちですが、実はあらかじめ計算された段取り通りでは芝居は面白くならないというクリエイティブな意図からだった。映画を考え抜いた勝新の情熱を描きたかった」

 ‐北野武監督の特に初期作品に“監督・勝新”の影が感じられます。

 「ええ、間違いなく影響を受けているでしょうね。勝さんの『顔役』、たけしさんの『その男、凶暴につき』はともに監督1作目ですが、どちらも暴力的な刑事の話で同じような演出が見られる。しかも武監督の2作目『3‐4X10月』の編集は谷口登司夫さんという勝さんと長年組んできた技師。谷口さんにうかがうと『俺に編集を教えてくれと言ってきた監督は2人しかいない。勝新太郎と北野武だ』と。昔の監督さんは撮り終えると編集技師にメモを渡して任せていたが、勝さんには『映画は最後に編集が決める』という考えがあった。たけしさんも『勝さんに教えたように俺にも教えてください』と谷口さんに頼んだと聞きました。それ以降は自分で編集をされています」

 ‐北野監督は勝監督作品の編集を早くから意識していたわけですね。

 「たけしさんは勉強家ですからね。自分の弟子に“負古太郎”なんて芸名を付けてギャグの対象とする一方、クリエーター・勝新太郎をリスペクトしている。勝監督の映画『新座頭市物語 折れた杖』の悪夢的なシーンの連続など、まさに北野映画。あえて編集のバランスを崩していく演出も勝新が先行していたわけです」

 ‐それだけ表現者として近いところにいながら、共演はなかった。

 「勝新は役者・ビートたけしを起用したかった。たけしさんが『昭和四十六年 大久保清の犯罪』(83年、TBS製作)に主演した時『こいつ面白えな』という話になった。勝さんの監督作品はいつも自分が主演なんですけど、たけし主演で子役と2人旅をする映画を企画してロケハンまでやっていた。それ以前に大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』から降板した勝さんの代役がたけしさん。表向きの接点はないんですけど、クリエーターとしての接点がある。両者の動きを比較検証してみると、互いの新たな姿が見えきます」

 ‐北野監督は勝新のライフワークである「座頭市」を撮りましたね。

 「たけしさんはシリーズの全作品を見て、結果的に『俺にはできないんじゃないか』と思ったという話を聞いたことがあります。それで勝さんがやってないことをやろうと、金髪で実は目が見える‐という2点で挑んだ。頭のいい人ですから勝新との勝負を避け、自分なりの座頭市にした」

 ‐その弟子である水道橋博士さんによって、春日さんの知名度が広がったのも何かの縁です。

 「僕にとっては大恩人です。あの人がいなければ、僕の本は世間には伝わらなかった。そこからの縁が広がり、作家の樋口毅宏さんや芸人のサンキュータツオさんという素敵な友達もできました。博士さんの言う“星座の繋がり”ってあるんだなと。僕がその星座の星くずの1つにいるのだとしたら光栄ですね」

 ◆今年1月出版の単著4作目「仲代達矢が語る日本映画黄金時代」ではスタッフへの取材で構成した前作までの手法から一転、役者本人へのインタビューとなった。

 ‐どのように仲代さんと向き合いましたか。

 「10回お話を聞きましたが、その日、うかがう映画を徹夜で見て臨んだ。『人間の條件』であれば6部作を計12時間、ぶっ通しで見て二子玉川の無名塾へ。重厚で暗い作品を真夜中に何本も続けて見ると、へこんでボロボロになりましたけど、そのおかげでご本人のお話を臨場感をもってうかがえましたし、『あのシーンのアレですね』とすぐに反応できた。仲代さんは聞き手として絶対の信頼感がある。何を聞いても『分からない』『覚えていない』が一つもなかった」

 ‐俳優に聞く仕事が週刊ポスト連載中の「役者は言葉でできている」につながっていきます。

 「映画やテレビの役者の芸談は、歌舞伎俳優や落語家に比べてあまりない。演技論、現場での監督とのぶつかり合い、あのシーンの誕生秘話など、聞いてみたいと。65歳以上のベテランを中心に、気になる俳優さんを60人以上、リストアップしています」

 ‐夏八木勲さんは亡くなられる直前のインタビューとなりました。

 「よく受けてくださいましたと今でも感謝しています。成城の喫茶店で丁寧に2時間も話してくださった。見るからにやせ細られて体調が悪い感じでしたけど、昔のことを話しているうちに当時の顔に戻っていかれるんです。土方歳三の顔になって殺気が出てくる。その時は役作りで痩せてられるのかと思ったほど。原稿を出して2カ月ほどで亡くなられた。間に合ったという言い方もあるけどショックでした」

 ◆週刊文春連載中の「春日太一の木曜邦画劇場」では新境地を確立。例えば映画「探偵物語」の松田優作と自身の身長が同じ183センチであることに触れ、相手役の薬師丸ひろ子(155センチ)に重ねた理想の交際相手を身長160センチ以下の女性としながら「身長差に関係なく視界に女性の姿はない」とオチを付ける。

 ‐ご自身を文中に登場させています。

 「自分を出さない、文中に一人称を登場させないというのは研究者の矜恃(きょうじ)としてきたところなんですけど。、上から目線じゃなく、下から目線で映画を語るのならありかなと思いまして。こんなダメな俺だけど、この映画の素晴らしさを語らせてくださいというのが通底するスタンスです」

 ◆仕事を離れると、横浜DeNAの試合に“一喜百憂”。物心付いて神宮球場で遠藤一彦の力投にしびれて以来、ファン歴は30年近い。スーパーカートリオ(屋鋪要、加藤博一、高木豊)、ポンセ、そして「スーパーマンのクリストファー・リーブに似た」(春日氏談)仕事人、ジム・パチョレックが大好きだ。いつも大洋のキャップをかぶっていた小学生時代、塾で付いたあだ名は“パチョ君”だったという。

 ‐ベイスターズの魅力、それはご自身が志向する日本映画と重なる部分があるのでしょうか。

 「ガチガチの与党ってあるじゃないですか。プロ野球なら読売ジャイアンツであり、映画で言えばハリウッドであったりするわけですけど、僕はそっちに気が引かれない。盤石の体制を築いている組織って応援する気がしないんですよ。では大メジャーの仲代さんになぜひかれるのかと言えば、いつもご自分を不安定な立場に置いてこられたから。勝さんもそう。ベイスターズも不安定なチーム。“手堅さ”ばかりが評価される今の世の中で、そこにひかれるんです」

 ‐多忙の中でも時間を割いて横浜スタジアムで観戦されていますね。

 「階段を上がって上から場内に入ると、いきなりあの見晴らしがある。野球場に来たぞ!って。試合前にビール5杯くらい飲んじゃいますね」

 ‐ところが試合になると負けてばかりで…。

 「何度もファンをやめようとしたんですが、くっついてくるんですよ(笑)。徒労しか残らない試合ばかり見ていると耐久性が付きます。今のへこみやすい若者に道徳の時間で見せてやりたい。信じられないことや嫌なことが3時間のうちにいろいろ起きるぞって。何なんだ、この時間の無駄は!と思いながら何十年も見続けてみますと、悟りが開けてきます。人生は勝ち負けじゃないと。もう禅に近い。開幕になると僕は『苦行』と読んでいますが、滝に打たれる気分で4月から10月まで禅寺にこもる感じです(笑)」

 ‐1998年の日本一はどう思いましたか。

 「うれしかった半面、どこか寂しかった。チャンスでも追いつけずに負けるチームなのに、なんで逆転してるんだと。あまりにうまくいきすぎると自分から遠い存在になった気がしてしまう。映画もそんな感じです。不幸な感じの作品が合いますね」

 ‐映画も“ベイ”も生き方に直結している。

 「昔はよかったという懐古趣味でなく、あの時代の熱い雰囲気を今の日本映画に取り戻したい。そのためには、当時、何が起きていたかを調べないと。この仕事は『温故知新』という4文字に尽きます」

 ‐今後の予定は。

 「11月の新刊に続き、新潮45で連載していた『時代劇が廃れた本当の理由』を来年書籍化予定です。年末から映画史にくさびを打ち込む大きな連載も始まります。せっかくチャンスをいただけているので突っ走ります」

 ‐10年後は何をしているでしょうか。

 「幸せな家庭を持っていたい。ただ、今は仕事一筋。恋愛とかやっちゃうと、そっちにのめり込んでしまう。振られると仕事が手に付かない。それが恐いから、まずは仕事。もちろん、そんなこと忘れさせる相手が現れたら別ですけどね(笑)」=一部敬称略

 春日太一(かすが・たいち)1977年9月9日、東京都出身。日大大学院博士後期課程修了、芸術学博士。87年のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」で時代劇に目覚め、小学生時代から名画座で黒澤明監督などの作品に触れる。著書は「時代劇は死なず!‐京都太秦の「職人」たち」(集英社新書)、「天才 勝新太郎」(文春新書)、「仁義なき日本沈没」(新潮新書)、「仲代達矢が語る日本映画黄金時代」(PHP新書)など。週刊文春、週刊ポストなどで連載。多忙の合間、フットサルチームでプレーし、横浜スタジアムで“ベイ観戦”。好きな食べ物はクリームコロッケ。

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