天才・柿谷曜一朗氏「終わったな」絶望と転機を与えた2人の名選手「お前は徳島で何してんねん?」

 アンジャッシュ・渡部建が24日、自身のYouTubeチャンネル「渡部のサシ飲み」を更新した。ゲストはサッカー元日本代表・柿谷曜一朗氏。

 柿谷氏は、C大阪の下部組織で育ち、2006年に当時クラブ史上最年少の16歳でプロ契約。卓越したテクニックと創造性にあふれた数々のプレーで「天才」と呼ばれ、日本サッカー界の将来を担う存在として注目されてきたが、プロ入り当初は出場機会が限られていたという。

 「(試合に)出るために何をしたらいいかっていうのを全くもう見ようとしなかったんで。『俺は天才やから、いずれ俺のことを分かってくれる監督がいたら出られるだろう』ぐらいな感じで。(ふて腐れていたに)近いと思います」と率直に振り返った。

 柿谷氏は壁にぶつかっていた時期に同世代のチームメートだった香川真司選手、乾貴士選手を強く意識していたと述懐。

 「真司くんと僕は同期入団で。一つ上なんですけど。年齢が。入ってきた時は絶対、僕の方が有名だったんですよ。真司くん、言ってくれましたけど『だからこそ、こいつ(柿谷氏)には負けたくなかった』っていうので、やってた中で。(香川選手が)もう、スゴくなっていきすぎて。でも『曜一朗、お前の方がすごい』って言ってくれる人も周りにはおったりで。僕はその言葉しか聞かないんですよ。負けてるって自分で気づかずに。言ってくれる人だけの言葉を信じて、やってきてしまった中に乾くんが来るって聞いた時は終わったなって思いました」と話した。

 柿谷氏は「もう彼(乾選手)のプレーを知ってる。監督が彼のプレーを好きなのも分かってた。いよいよだな…って。僕があまりにも身が入ってないので、例えば夜中までゲームセンター行って。10時からの練習やのに10時に起きたりするんですよ。最初の方は焦って行ってたんですけど、もう何回も繰り返していくうちに焦りもしないんですよ。もう気持ちが入ってない。練習したいと思ってサッカーの練習場に行ってないっていう時点で」とメンタル的にも消極的になっていったことを振り返った。

 柿谷氏は、徳島への期限付き移籍が転機になったことを振り返り「美濃部(直彦)監督が、僕に常に言い続けたのが『お前、終わりたくないんやったら…』っていう」と述懐。

 「とにかく『香川真司』の名前を出すんですよ。最初、めちゃくちゃ嫌だったんですよ。で、僕も真司君が(ドイツの)ドルトムントで点取ったとかいうニュースは入ってくる。やっぱり、あんまり見たくないし。次の日の朝とかに『曜一朗、真司のゴール見た?ドルトムントであんなプレイしてるのに、お前は徳島で何してんねん?』って言われるんです。そんなん言う割には『お前、昨日のプレーは香川真司よりうまかったぞ』とか言ってくるんですよ。(美濃部監督は)お父さんじゃないですけど…。褒められたいし、香川真司って名前を聞きたくないから、なんなら『昨日の真司君のゴール見ました?』って、こっちから言うようなぐらい」と、徐々に香川選手への意識がプラスに働くようになってきたという。

 「21歳の時に監督が僕を副キャプテンにしてくれて。ゲームキャプテンとしても扱ってくれて。初めて、やっぱりチームとして勝つこと、昇格することが最初の目標に変わった瞬間があって。その瞬間ですね。僕がプロサッカー選手になれたのは…」と感謝とともに振り返っていた。

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