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阪神外国人列伝 91年、オマリーは巧打と名セリフでファンの心つかむ

ファイテイングポーズをするトーマス・オマリー(左)とマーベル・ウイン=1991年2月8日
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 阪神は2020年、球団史上最多となる外国人選手8人体制でV奪回に挑む。球団創設85周年のメモリアルイヤー。かつてタテジマのユニホームに袖を通した助っ人を年度別で振り返る。1991年はウインとオマリーが加入した。

 1991年は前年最下位に終わった中村監督2年目。低迷脱出のため、1億4千万円の高年俸でウインを獲得した。2月9日、キャンプ地・安芸にオマリーと共に入ると中村監督と初対面。固い握手を交わし、早速乾杯した。ウインは「ボスとは世代も近いし、しっかりコミュニケーションを保っていけると思う」。オマリーも「勝つ姿勢をチームに植え付けたい」。指揮官は「好対照の2人だが、さすがに大リーガー。風格を感じる」と大いに期待を込めた。

 巧打が期待されたウインだが、シーズンでは物足りない成績に終わった。負ければカード11連敗、球団ワーストを更新し、負け越しの最短記録という7月7日・巨人戦で2-2の延長十二回に桑田から特大決勝ソロ。8月7日の巨人戦の二回には対斎藤の連敗記録を10で止める先制2ランを放ったが、輝いた試合はわずかだった。

 123試合の出場で打率・230、13本塁打、44打点、6盗塁。球団は8月、大リーグ視察を終えた編成部長の報告を受けて、「ウインの現状ではとても無理」と1年限りの解雇を決定した。

 大リーグの実績ではウインに劣るオマリーは1年目から大活躍。130試合、打率・307、21本塁打、81打点の成績を残すと、在籍4年間全て打率3割をマークした。お立ち台での「ハンシンファンハイチバンヤ~!」の名セリフでファンのハートをつかんだ。

 2年目の92年は開幕から4番に座り、2位躍進に貢献した。93年は横浜ローズとし烈な首位打者争いを繰り広げ、最終打席でセーフティーバントを決めて打率・329でタイトル獲得。同年オールスター第2戦では阪神外国人選手初のMVPにも輝いた。デイリースポーツに「一生忘れられない神戸の夜だ」と感激の手記を寄せた。

 95年、ファンに惜しまれつつ、ヤクルトへ移籍した。引退後は特命コーチ、駐米スカウト、打撃コーチ補佐として尽力した。

 中村監督2年目の91年は2年連続最下位となった。

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