甲府が下克上で天皇杯初V J2の18位が11大会ぶり快挙 GK河田が神セーブ

 甲府・三平和司がカップを掲げるかと思いきやゴールを決めたときのポーズをみせ、ズッコケる甲府イレブン(撮影・金田祐二)
 PK戦を制し大喜びの甲府GK・河田
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 「天皇杯・決勝、甲府1(PK5-4)1広島」(16日、日産スタジアム)

 J2・18位の甲府がJ1広島を撃破し、初制覇を果たした。延長戦を1-1で終えて突入したPK戦を5-4で制し、来季のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)出場権を獲得した。J2勢の優勝は第91回大会(2011年度)のFC東京以来11大会ぶり。前半26分にFW三平和司(34)が先制点。延長後半にDF山本英臣(42)が献上したPKをGK河田晃兵(35)が止めた。決勝がPK戦にもつれ込んだのは第70回大会(1990年度)以来だった。広島は1993年のJリーグ発足後、6度目の準優勝となった。

 甲府の象徴の一蹴りが、ゴール左上隅に吸い込まれた。後蹴りの5人目。山本のPKが決まり、甲斐国に初の天皇杯が渡った。在籍20年目。チーム最古参の42歳は「みんなに(タイトルを)取らせてもらって感謝しかない」と歓喜に浸った。

 1-1の延長後半7分に山本が投入され“劇場”の幕が開いた。4分後、広島MF満田のパスが左腕に当たりPKを献上。誰もが敗戦を覚悟した。山本も「人生が終わった」と膝をつき天を仰いだ。

 守護神は冷静だった。「やりやがったなと思った」と河田は笑わせた。一方で「クラブを支えてきた選手。タイトルを取らせてあげたかった」と敬意を払う。「適当に飛んだ」と言いつつ、満田のキックを阻んだ。河田はPK戦でも広島の4人目MF川村を止め、優勝の立役者となった。

 残留を決めたとはいえJ2では7連敗で11戦未勝利と18位に沈む。それでも天皇杯では札幌、鳥栖、福岡、鹿島に続き、吉田監督が「ラスボス」と表現した広島とJ1勢を5連破して頂点に立った。

 2000年には1億円を超える債務超過で解散寸前まで追い込まれたが、奇跡的に存続した。03年にJ2市原(現千葉)を契約満了となった山本が加入。簡素な寮は見逃して素通りしてしまうほどで、「大変なところに来たと思った」と懐かしんだ。「自分をきれいにしてくれる街。家族だと思っている」と甲府と共に歩んできた。

 昇格の喜びも降格も苦さも経験し、アジアへの切符もつかみ取った。「長いこと甲府でサッカーをやらせてもらい本当に良かった」。起伏に富んだ足跡を回想する言葉には、誰よりも実感がこもっていた。

 ◆ヴァンフォーレ甲府 1960年代に発足した「甲府クラブ」が前身。95年に現在の名称となり、99年からJリーグ参入。存続危機を乗り越え、2006年にJ1初昇格。その後はJ1とJ2を行き来し、17年に3度目の降格が決まった。ヴァンフォーレは戦国時代の武将、武田信玄の旗印「風林火山」に基づき、風と林のフランス語を組み合わせた造語。

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