東京・岩倉高校のセンバツ優勝投手だった山口重幸さん（５９）は、卒業後、阪神で内野手として新たなスタートを切った。入団からの３年間は内野手としての基礎をたたき込まれ、プロ入り４年目に念願の１軍デビュー。その後も守備のスペシャリストとして投手と捕手以外全ポジションを経験するなどベンチから重宝されたが、レギュラー獲得はならなかった。在籍１０年で阪神での野球人生には終わりが訪れた。

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　山口さんの１軍デビューは、プロ入り４年目の１９８８年７月１６日にようやく訪れた。

　村山実監督が率いていた当時の阪神は不振にあえぎ、ミスター・タイガース、掛布雅之選手は引退騒動の渦中にあった。左ひざの治療を理由に登録を抹消されていた掛布選手に代わって、山口さんは甲子園での中日戦に８番サードでスタメン出場した。

　プロ入りした山口さんを「グッチ」と呼んでかわいがってくれた先輩の代役。山口さんは第１打席で起用に応えた。

　「覚えてます。米村（明）さんから三遊間にヒットを打ったんです。初打席初安打、初打点でした」。初出場、初打席、初安打、初打点を記録する初もの尽くしの離れ業をやってのけた。

　「なんか、初ものが強いんですよ。甲子園初出場で初優勝とか」

　岩倉のエースとしてセンバツに初出場して紫紺の優勝旗を手にした甲子園でのプロデビューを感慨深げに思い起こした。

　その年は３５試合に出場。翌年には開幕１軍を勝ち取った。中村勝広監督の就任１年目となった９０年は、オープン戦初戦から絶好調。走者一掃の二塁打で勝利に貢献し、続く試合でも逆転打。２打席連続アーチを放ってヒーローとなった試合では、指揮官と握手する写真がデイリースポーツの１面を飾るなど、若虎は注目を集めた。だが、開幕スタメンを飾ることはできなかった。

　入団８年目の９２年シーズンを前に繰り広げられた遊撃のレギュラー争いでは、新人にその座をもって行かれた。「平田（勝男）さん、和田（豊）さん、高橋慶彦さん、オレでショートは誰だって。でも久慈（照嘉）が入ってきた瞬間にもうレギュラー。守備はうまかったなあ」

　しのぎを削った選手たちの名前を挙げ、ポツリつぶやいた。

　「やっぱり何か足りなかったんでしょうね。レギュラーを取れなかったというのは。練習したけどダメだったなあ」

　ただ、入団からの３年間で鍛え上げられ、その後も磨いてきた守備の対応力はベンチで重宝された。

　「ピッチャーとキャッチャー以外、全部守りました。スタメンで。センター、レフト、ライト、サード、セカンド、ショート、ファースト。一時期は６個ぐらいグラブを持ってましたよ」

　指を折って自身の歩みを確認した。

　「まあまあ、普通のレベルで、どこでもできてたんで。便利屋。だから（試合の）最後まで残るわけですよ。誰かがケガした時、山口がいるから大丈夫だ、みたいなところがあるんで。やってる方はつまんないですけど、まあ、チームのために、そう思ったらいいですよ」

　チームを支えたユーティリティープレーヤーは本音をもらした。

　古傷の右ひざの状態は悪化していた。

　「８年目ぐらいの時でしたかね。１年、棒に振ることになるけど手術して直した方がいいということになって。（現役を）１０年はやらせてほしいと伝えて、中村監督からもＯＫが出たということで受けたんです」

　悩んだ末に前十字靱帯再建の手術を受けた山口さんは、リハビリを経てプロ１０年目となる９４年８月に２軍戦で復帰を果たした。

　だが、その年のオフに待っていたのは戦力外通告だった。職員として残る道も球団からは提示されたが、ひざを治して動けるようになった山口さんには現役への未練があった。

　「阪神にもう１年だけやらせてくださいって頼み込んだけどダメだった。だから売り込むしかなかったんです」

　１０年在籍した阪神を退団した山口さんは、元阪神コーチで中日の２軍監督になっていた島野育夫氏に電話をかけた。

（デイリースポーツ・若林みどり）

　◇山口重幸（やまぐち・しげゆき）１９６６年６月２４日生まれ。東京都出身。岩倉高校（東京）３年時の８４年、センバツにエースとして出場し優勝を果たす。８４年のドラフト６位で阪神入り。内野手に転向し１０年間在籍。９５年からヤクルトで２年間プレーした。通算２８３試合に出場し４１安打、１本塁打、１５打点、打率・２０２。引退後は打撃投手、スコアラーなどを務め２３年に退団。２４年４月から母校の野球部コーチを務める。