甲子園に導かれてきた。そして、あの憧れの場所で宙に舞った「先生」の背中を追っている。東都大学野球リーグの東洋大に学生コーチとして入部する花咲徳栄・岩井福（ゆたか）外野手（以下＝福）が２４日に埼玉県川越市内の野球部寮へ入寮。プレーヤーを引退し、目指す道を聞いた。

　「甲子園で見ていた花咲徳栄の先輩方が入っていた憧れの野球部に入ることができて、とてもうれしいです」

　初々しい表情で節目の日を迎えた福。先輩たちの中でも特に、１８、１９年夏の甲子園に出場し東洋大に進学した橋本吏功（りく）外野手（現ＪＲ東日本東北）に憧れた。「小さい時にライブ中継で試合を見る機会があって、東洋大学のユニホームがかっこいいと思っていました」。神宮球場でも活躍を見せた憧れの先輩が着るユニホームは、一層かっこ良く見えた。

　夢を追うためでもある。「高校教師になって高校野球の指導者になりたい。あと、スポーツアナライザーの資格を取って、今まで可視化されていなかったものを数字に表して、野球界の発展につなげるような仕事がしたくて」。両方の資格が取得できる同大学の総合情報学部心理・スポーツ情報専攻を志望。選手ではなく、学生コーチとして経験を積む道を選んだ。

　野球を始めた当初から選手名鑑のデータの項目に興味津々だったという福。アナリストの夢が現実的なものとなったのは、つい最近のことだ。花咲徳栄の同期である巨人ドラフト１位・石塚とオリックス育成ドラフト３位・上原が、ドラフト指名後に「エイジェックスポーツ科学総合センター」を訪れる機会があった。最先端の計測機器などがそろった国内最大級の民間施設へ、勉強のために同行。実際のアナリストから説明を受け「数字とか科学の世界に夢を持ちました」と目標が明確なものとなった。

　指導者を志したのは「岩井先生」の存在が大きい。１７年夏の甲子園優勝を率い、多くのプロ選手を送り出してきた同校の岩井隆監督（５５）。福の父だ。

　「岩井先生が指導されてプロに行った選手が活躍する姿がすごいかっこ良かった。シーズンオフとかに会わせていただいた時もすごい優しくて。そういう人や野球の技術を持った人を育成できる指導者になりたいと思いました」

　野球は「やるより見る方が好き」というのも理由の一つ。続けて「高校野球がすごい好きで」と声を弾ませた。

　野球への入り口はプロ野球ではなく、高校野球だった。幼少期は高校野球に関する歴史の本を買ってもらい熟読。「甲子園の舞台で活躍した人は自分からしたら全員がスター。自分も甲子園に立ちたいという気持ちだけで努力していました」と目を輝かせる。

　父が成し遂げた１７夏の全国制覇は聖地の内野席で観戦。「最後の打者をアウトに取った瞬間、すごい感動するものがあった。自分もこの高校で甲子園に出たという思いが一層強くなった瞬間でした」と思いをはせる。

　ところで－。なぜ高校の部活を引退後も、父を「岩井先生」と呼ぶのだろうか。福は「３年間そうだったので、癖が抜けなくて…」と笑いつつ、思いを明かした。

　「自分が高校入学の時に決めたこと。グラウンドや学校にいる時は、たとえ２人きりの場面でも『岩井先生』と呼ばせてもらっています。野球が関わる場面は自然と敬語になりますし、指導者と一人の教え子として関係を続けていきたい」

　実は引退後も部に残り、現役生にノックを打つなど学生コーチという形で岩井監督のそばにいた。夜には、寮の監督室で野球の指導について“座学”を受けることも。それは、岩井監督の師である故・稲垣人司前監督の野球を継承するということでもあった。「野球が関わる時に敬語をなくしてしまうと、岩井先生から指導論を教わる気持ちがなくなってしまうのではと思っているので」。決意は揺るがない。

　東洋大進学に際して父からは「コーチは誰よりも早くグラウンドに出て、誰よりも遅く帰るもんだ」と言葉をもらった。今春から１部リーグに復帰する名門で成し遂げたい目標がある。

　花咲徳栄からは、中学のボーイズが同じ和久井大地投手も東洋大へ。中学・高校ともに全国大会への出場経験はあるが、勝利はつかめなかっただけに「和久井と話して『全日本選手権と神宮大会で優勝する、今度こそ全国の舞台で勝つんだ』と決めました」と２人で約束を交わしたという。

　その先の未来も頭の中に描いている。昨夏には念願の甲子園出場を果たし、三塁コーチャーとしてベンチ入り。初戦敗退となったが、聖地への思いが途切れることはなかった。

　「甲子園のグラウンドに立っている時は感動を覚えました。悔しいとか終わっちゃったという感情より、『もう１回ここに来たい』という気持ちが先に生まれて。そのために、また努力するんだと」

　宿命でもあり、自ら選んだ道でもある。追い続ける背中を、いつか超えてみせる。（デイリースポーツ・間宮涼）