【野球】世代の壁を乗り越えた“9人の侍”石川県高野連

守備練習で中学生を技術指導する山下智茂氏(中央)=金沢市の石川工グラウンド
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 元プロ野球選手の学生野球資格回復制度が定着し、甲子園でも元プロ監督が珍しくなくなった。高校球界でも世代の壁を乗り越えようとする挑戦が始まっている。石川県高野連が、今年10月から11月にかけて県内の中学3年生を対象にした野球塾を3回に分けて開催した。若手指導者育成を目的とした「甲子園塾」で塾長を務める山下智茂・星稜総監督(72)ら、日本高野連から育成功労賞を受けた県内の元指導者9人が講師として未来の高校球児への指導を行った。

 県内の少年野球人口の低下、選手の県外流出など石川県の野球を取り巻く環境を懸念していた県高野連の下出純央理事長(46)が「石川県全体で野球界を発展させる場を設けたい」と実現させたのが今回の野球塾だった。県全体での中学生向けの野球塾は全国的にも異例で、受験など個人的事情に支障がないように申し込みは所属チームではなく個人単位とした。

 3回の開催で、のべ約140人が受講。回を追って新たな申し込みが増えたと言うのは、地元報道や口コミの影響だろう。開催後に中学生にとったアンケートは、その内容に「満足」「大満足」という結果がほとんどだったが、大きな要因はベテラン講師陣ではないか。下出理事長は「現役の高校監督は難しいと考えた時、(育成功労賞受賞者という)石川県の宝がいると思った。皆さんお元気。あの方々の力を借りない手はないと思った」と言う。

 全員が現役監督を退いており、山下氏は星稜総監督、元輪島監督の大窪直二氏は門前の校長を務める。もちろん全員が手弁当だ。弱小校を強豪に育てたり、公立からプロを輩出したりするなどの功績がある名指導者たちが、県の球界発展という命題を意気に感じないわけがなかった。

 一方で、インターネットなどで科学的なトレーニングの情報は中学生でも簡単に手に入る時代。孫とおじいちゃんほど年齢が違い、しかもたった数回の指導。指導者の言葉が中学生にどう届くのかは、記者も注目していた点だった。

 初日の座学ではメモをとる選手が一人しかいなかったことに、山下氏が「次回からメモをとるように。プロ野球選手もすばらしい監督さんも必ずメモをとっている」と指示。加賀などで監督を務めた65歳の高鍬稔久氏は、選手たちの姿勢の悪さに「座り方で体幹が鍛えられるぞ」と注文をつけた。

 最初は戸惑いを隠せなかった中学生たち。しかし、百戦錬磨のベテラン指導者の手腕はそこからだった。講師陣の方から臆することなくコミュニケーションをとることで、回を重ねるごとに少しずつ中学生の様子は変わり始め、最終日には積極的に質問をぶつけてくるようになったという。言葉の中にある理論がわかり始めたのか、「意識の持ち方が変わってきた。やってよかった」と下出理事長。“9人の侍”の挑戦はまずは成功だった。

 日本高野連は、各都道府県でも野球の裾野を広げるこれらの動きを歓迎している。各都道府県では加盟校の数も中学野球のあり方も、野球を取り巻く環境も違う。その中で同様のイベントを開催することは難しいかもしれない。それでもまず「やってみる」ことが次につながる。それが証明できたのは今回の大きな成果だろう。(デイリースポーツ・船曳陽子)

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