ケイバ熱盛ブログ「タイキシャトルと横山典J」(8月19日)

 栗東・井上です。17日、悲しいニュースが飛び込んできました。タイキシャトルが天国へ-。1998年のジャックルマロワ賞をはじめ、国内外でG1を5勝。唯一無二といえる偉大な名馬でした。

 タイキシャトルのデビューは97年4月。専門紙のトラックマンだったワタクシは、トレセン取材3年目でした。関東馬に関東騎手。取材で関わることはありませんでした。

 レースの感覚や、その背中を知るのは岡部幸雄氏と横山典弘騎手の2人だけ。取材したい。伝えたい。記者なら当然の思いです。前日に現役時代13戦の成績と映像をチェック。特に97年秋のスワンSとマイルCSは何度も観て予習し、迎えた翌朝の栗東トレセン。その2戦に騎乗した横山典Jに、話を聞かせてもらいました。タイキシャトルは、どんな馬だったのでしょう。「特別いい馬でもなかったよ。性格は素直だったけど、何かが抜けていいというわけではなかった。総合点が高かった」。想像していたのとは違う、意外な返答だった。

 ノリさんとの初コンビは10月のスワンS。その前のレースは岡部氏が騎乗したダートのユニコーンSでした。先入観なく乗れば、芝とダート、どちらにより適性があると感じるのか。「どっちもだよ。マイナス点がない。だから何をやっても走った。海外でも勝つし、ダートでも、芝でも勝つし。こうならなきゃ勝てない、っていうような馬じゃない」。なるほど。条件を問わないから最強と言えるわけです。

 さらに詳しく説明してくれます。「グラフで持久力、切れ味、折り合い、性格と項目があるとしたら、総合点がきれいなマル。小さいマルじゃなくて、大きなマルなんだ」とうなずく。うん、わかりやすい。

 続く11月のマイルCSがJRA・G1初制覇だった。キョウエイマーチがレースを引っ張り、2番手にサイレンススズカ。横山典Jとタイキシャトルが4番手のインで仕掛けを待つ。1番人気のスピードワールドは後方に位置した。「メンバーなんてまったく気にしなかった。簡単なレースだった。ソロッと走らせて、直線でまっすぐ走らせたら勝てるだろう、って。乗りやすいし」。総合力の高さを肌で感じていたからだろう。相棒を信じ、勝利へと導いた。

 貪欲なワタクシは『ここだけの話』、『実は…』を求める体質でして。競馬ファンがしびれるようなエピソードを届けたい。もちろん、こちらからお願いして出てくる話でもないのだが、ノリさんが秘話を教えてくれた。「マイルCSを勝ったあと、(藤沢和)先生から“有馬記念どうだ”って聞かれて、“大丈夫、乗れますよ”って返したよ。別に難しいとは思わなかった。長い距離でも走れるだろうな、って。オールマイティーな馬だから。オレの中では、そう感じたね」。驚いた。実際はマイルCSのあと、岡部氏と再コンビを組んでスプリンターズS(当時は12月に行われていた)を制したタイキシャトルだが、陣営には有馬記念へ向かう選択肢もあったというのだ。

 日本競馬史上初めてマイラーとして年度代表馬に選ばれた名馬だが、もしも有馬記念に参戦していたら…。中山2500メートルを走る栗毛馬を想像しながら-。合掌。

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