グレート義太夫さん葬儀 軍団メンバーがバカ話と記念撮影で別れ 親交深い芸人が証言「鬼になった瞬間も」
「たけし軍団」の芸人・グレート義太夫さんが9月7日に67歳で死去した。交流の深かった芸人・なべやかん(56)が約30年前の仕事で垣間見た義太夫さんの意外な素顔を明かし、9日に都内で行われた葬儀に参列した軍団メンバーたちとのやりとりを通して、恩人である先輩を悼んだ。
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グレート義太夫さんが逝ってしまった。自分がたけし軍団入りしたのは今から35年前。その時から義太夫さんは体が悪いから長生きできないと言われていた。確かに、透析やら、ペースメーカーを入れたり、様々な事があったが、「義太夫さん、長生きだな~」と思っていた。
「軍団の良心」と言われた義太夫さんが「鬼」になった瞬間を見た事がある。1990年代半ばのこと。元旦、東京サマーランドからの生中継番組でプールに浮かぶ発泡スチロールの土俵で男女数人のタレントが落とし合いをし、最後の1人が賞金獲得というゲームがあった。普通は優しくプールに落とすのだが、その日の義太夫さんは違った。グラドルたちを鬼の形相で持ち上げ、ぶん投げまくったのだ。
エンディングでも義太夫さんの鬼モードは続く。司会の中山秀征さん、ガダルカナル・タカさん、局の女子アナがゴムボートに乗り、スタッフから小声で「最後、ボートをひっくり返して下さい」と言われたので、自分は義太夫さんに「プールに落とした後、水中で女子アナを蹴っ飛ばしてやろうと思います。少し前、すごく嫌な態度を取られたので」と伝えると、義太夫さんは「タカさんや秀さんを蹴ったらどうするんだ?」と心配したので、「これは賭けです」と答えた。
ボートをひっくり返し、水中にいる誰かを蹴ろうとすると、義太夫さんが両腕を振り下ろし、興奮したキングコングのように叩きだした!言い出しっぺの自分が義太夫さんを止めた。「痛~い」…頭を押さえながら水面に浮かぶ女子アナを見て、義太夫さんはこちらを見てニコっと笑った。
義太夫さんの葬儀は近親者のみで行われた。初めて行く葬祭場は新宿区の街中にあって入口が分からず、やっと見つけて扉を開けると、たけし軍団の兄さんや後輩たちがいた。自分が入った場所がどうやら「裏口」だったらしく、全員から「どこから入って来たんだよ。また裏口からかよ」と大笑いされた。「最後のお別れなんで、キャラを守ってみました」と切り返し、この空間が昔の軍団楽屋と変わってないことが分かった。くだらないことが大好きだった義太夫さんにはこの方が良い。
お棺で横たわる義太夫さんの顔を見ると、ニコッと笑っているような表情だった。ダンカンさんがそばに来て、お棺の横をコンコンと叩きだした。「(体が)偏ったりしないね」と言ったので、自分も「そうですね、仰向けが基本なので横向きに寝かせるのも変則的でアリです」とお互いボソボソと会話をした。
元軍団の兄さんが義太夫さんの第一発見者だった。部屋掃除の手伝いでマンションに行くと、階段に座る義太夫さんを発見し、声を掛けたが返事がなかったので、脈を取ったりしていると、他の部屋の人が出て来て救急車を呼んでくれたそうだ。柳憂怜さんが「意識ないのが分かって、どうしようって、1時間くらい慌てたんじゃないの?」とボソリ。「第一発見者だから警察で同じことを何度も聞かれたよ。もしかして、僕が疑われてますか?」と兄さんが言ったので、皆で「そうだよ」とツッコミを入れた。
お棺を見つめながらダンカンさんと柳憂怜さんが「起きないかな?」と言ったので、「寝ている時は無呼吸だからこれくらいの時間は息が止まってますよ」と返した。第一発見者の兄さんが「そうそう、グワッてイビキと共に起きるんだよね」と言ったので、イビキを待ったのだがイビキはなかった。つまみ枝豆さんとダンカンさんの提案で義太夫さんを囲んで全員で記念撮影をした。その時も「中から出して立たせるか!」といった言葉が皆から自然と出ていた。
会場を後にする時、ダンカンさんから「またラジオに呼んでよ」と言われたので、自分は「義太夫さんの話をしましょう」と返した。ダンカンさんも「くだらない話がたくさんあるからね」と笑っていたので、ぜひそれを実現したい。自分もだけど、義太夫さんも死んだ後に「あいつはバカなやつだった」とか「とんでもないやつだった」といった逸話を語ってもらいたいはず。とっても悲しいのだけど、あえて不謹慎な話をしてしまうってのも、絆が深かった証だし、職業病だし、くだらない事が大好きな義太夫さん本人が喜んでくれているはずだし、非常識かもしれないけど、これこそ最高の供養だ。
義太夫さん、会の主役として我々のバカな会話を楽しんでくれましたか?これからもバカ話をたくさん作っておいて、いつかそれをお話しますので待っててくださいねー。
(コラムニスト・なべやかん)
