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葛城ユキさん 死去 がん闘病で2度手術 5月17日に復帰 6月17日までステージ立つも

 ハスキーボイスとパワフルな歌声をいかした、大ヒット曲「ボヘミアン」で知られる歌手の葛城ユキ(かつらぎ・ゆき、本名田中小夜子=たなか・さよこ)さんが27日午後2時16分、腹膜がんのため都内の病院で死去した。73歳。岡山県出身。昨年4月にステージ4の腹膜がんと診断され翌月から入院。2度の手術を経て今年5月に復帰を果たしたが、6月17日のコンサートが最後のステージとなった。葬儀・告別式は故人の遺志により行わず、火葬後に故郷の岡山で埋葬される。

 病と闘ってきた“ハスキーの女王”が力尽きた。

 葛城さんのラストステージは、自身の強い希望によって出演した、6月17日の公演だった。千葉の昼公演で「ローズ」を歌唱したが、柏市で開催された夜公演では歌唱する力は残されていなかった。それでも「私の人生は感謝、感謝です」と、ファンや共演歌手に思いを伝えたという。

 関係者によると、その後、医師から「数日しか生きられない」と余命を宣告されたという。自ら最期を悟ったように、この日午前には関係者に電話をかけて「救急車を呼びました。今までありがとうございました」と覚悟を示した。その5時間後、きょうだい、マネジャーにみとられ、病院で息を引き取った。

 昨年4月26日にステージ4の原発性腹膜がんを公表した。2度の手術、10カ月の入院生活を経て、5月17日に千葉でのユニットコンサートで復帰。車いすで登場した葛城さんは、座ったままで「ローズ」を歌唱。念願のステージ復帰に自身を「水を得た魚」と表現したほどだった。

 高校卒業後、バレーボール選手を目指し実業団入りしたが、歌手の夢を追いかけた。73年にヤマハポピュラーコンテストで歌唱賞。翌年に最優秀歌唱賞に輝きメジャーデビュー。80年にボニー・タイラーのカバー曲「悲しみのオーシャン」、83年にハスキーでパワフルな歌声をいかした「ボヘミアン」が大ヒット。トレードマークのホットパンツ姿でファンを魅了した。

 脚光を浴び“極秘結婚”の事実が発覚したことも。無名だった79年に結婚していた事実を認め「仕事を徹底的にやりたいし、世話をしてあげられないから今も1人で住んでいます」と明かしていた。

 03年10月にはテレビ番組の収録中、胸椎複雑骨折の大けがを負い、歌手生命の危機に立たされたが、翌年には復帰を果たした。

 「私は歌うために産まれてきております。必ずステージに復帰します」-。がんを公表した際に、そう宣言した不屈のロックシンガー。ロック魂を見せつけて人生の幕を閉じた。

 ◇葛城ユキ(かつらぎ・ゆき)1949年5月25日生まれ、岡山県出身。高校時代はバレーボール部のアタッカーとして国体に出場。卒業後は実業団の倉敷紡績に入社するも退団。74年にヤマハポピュラーソングコンテストで最優秀賞を受賞し、同年にメジャーデビューした。80年に「悲しみのオーシャン」がヒット。83年の「ボヘミアン」は、レコード売上41万枚を超える大ヒット。21年4月にステージ4の原発性腹膜がんを公表し、闘病を続けていた。

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