【東京へ駆ける・鈴木章介氏(1)】応援を味方にして戦えた人間の一人

 2020年東京五輪に向けた企画「東京へ駆ける」。今回は、1964年に開催された東京五輪の陸上男子十種競技代表で、五輪後にプロ野球・巨人のランニングコーチ(後にトレーニングコーチ)を務めた鈴木章介氏(82)が登場。日本で初めて五輪が開催された55年前の思い出や、来年の東京五輪を目指すアスリートへの期待。V9も経験した巨人時代のエピソードなどを披露した。

  ◇  ◇

 -東京五輪の開会式のことは今でもよく覚えているか。

 「私は当時は大きい方(身長180センチ、体重はベストが74・5キロ)でね。バレーボールやバスケットボールの選手を含めて、背の高い順に並んで行進したんですよ。ぼくは(男子の中で進行方向)4列目一番右、いや5列目だったかな」

 -行進の印象は。

 「音楽とともに観衆の声、『ワーワー』ではなく、『グウォーッ』という腹の底に響き渡るような声が聞こえてきました」

 -航空自衛隊のブルーインパルスによる演出も印象的だったのでは。

 「あちこちから『わぁ、すごい』と言う声が聞こえてきました。上空で五輪のマークを描いたときに、そばにいたほかの選手たちに『よく見ておいてくれ』と言ったんです。『今、空で五輪マークを描いているチームは浜松航空隊だよ。俺のところなんだ』って。自分の地元からきた航空隊という誇りがありましたよ」

 -上空の五輪マークを見たときは。

 「やっぱり感動でした。だって、当時は写真が白黒の時代。テレビだってそう。上空で色のマークを作るんだから。よくあんなことができたなと」

 -聖火のインパクトもあったかと。

 「坂井(義則)君が国立競技場の階段を上がっていって。感動的でした。今は人間離れしているような開会式が多い。原点に返ったら、ああいうのが聖火だと思うけど」

 -競技当日はどのような気持ちだったか。

 「周りのムードを自分の中に入れて戦った方だから、(気持ちが)上がることはなかったです。応援を味方にして戦えた人間の一人だと思います」

 -観衆の反応は。

 「最後の1500メートルだけは絶対にトップを走ってやろうと思ってね。最後の200メートルでカナダの選手に抜かれたけど、それまで日の丸をつけて先頭を走っていたから、みなさん応援してくれましたよ」

 -感じたことがない声援だったか。

 「『◯◯頑張れ』なんて聞こえない。『グォーッ』という感じ。苦しいなんて忘れていました。でも上には上がありますよ、スポーツには。今の若い人たちは『五輪に出て金メダルを取る』って簡単に言うけど、そんな感じじゃなかった。国の代表だからみっともない走り、投げ方はできないと思っていました」

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