末続慎吾が桐生らに問いかける「本当に9秒台を出したいのか」【一問一答・上】

 2020年東京五輪へ向けて各界のキーマンに信条や理念、提言などを聞く「私の五輪志」。今年6月、日本選手権に9年ぶりに出場した陸上男子200メートル日本記録保持者の末続慎吾(37)=SEISA=が登場する。語ったのは3年間の休養の真実や走り続ける理由。そして、競争が激化する若い世代に、あえて「本当に9秒台を出したいのか」と問いを投げかけた。

 -今年6月、9年ぶりに日本選手権の舞台に戻った。観客からはスタート前に大きな拍手があり、それに手を合わせて感謝した。

 「人生で初めてあのタイミングで拍手をもらった。(手を合わせたのは)一つ一つの出会いや縁であの場所へたどり着いて、自然とああなっちゃって(笑)」

 -日本記録を持つ200メートルで予選落ちも笑顔でレースを終えた。

 「2008年から3年間、『休養』という言い方をしたけど、実際は走ることへの意思、情熱、体力などいろんなものを失ってしまっていた。ゴールした時に、僕が求めていたものを取り戻せたのかなって」

 -スパイクが履けなかった時期もある。

 「2003年に(パリ世界選手権で)銅メダルを獲って、環境の変化がどんどん大きくなりすぎた。最後は自分が何のために走ってどこにいるのかわからなくなってしまった。心身ともにいろんなことがあった。グラウンドに行こうとすると下痢になったり、言葉で言えないような壮絶な時間があった。自覚はなかったが、僕らは日本代表のユニホームを着て五輪で戦うのが当たり前という世界観にいた。でも、いくら体調を整えても義務感や使命感、それ以上の期待に自分の心や体をどこかに置き去りにしてしまわざるを得ない。気づいた時には自分で修復不可能なところまできていた」

 -当時も100メートル9秒台、200メートル19秒台へ期待は大きかった。

 「9秒台や19秒台を目的として真剣にやったこともあった。でも、最初は喜んだり興奮してくれたりしていた目の前の人たちが、だんだん笑わなくなってきて自分の心も冷えてくる。人が近寄ってきたり遠のいたりする性(さが)みたいなのが見える。勝ち続けることへの危うさを感じる。当時の僕は勝負や競争がつくりあげる世界観の豊かさに気づかず、負の部分だけにとらわれていた」

 -でも、つらい経験が無駄ではなかった。

 「失ったと思うものが得るものにもなった。日本選手権では予選落ちしたけど、あの場では笑えた。走ってきてよかったなと。最終的にはかけっこが好きだという自分の根本的な気持ちにたどり着いた。今思えば3年、いや、あそこに立つまでの9年が必要だったのかな」

 -今年の日本選手権では若手が台頭した。リオデジャネイロ五輪男子400メートルリレー銀メダリストの桐生祥秀、山県亮太は世界選手権の個人種目の代表入りを逃した。ショックは大きかっただろう。

 「直接話してないので、わからないところはある。ただ、なぜそこに立っているのか、おのおのが向き合ったらいいと思う。本当に走りたくてそこに立っているのか、本当に9秒台を出したいのか、そういう空気感だから出そうと思っているのか、自分に問うといいんじゃないかな」

 -立ち止まって考えるタイミングか。

 「メダリストというのは、メダルを獲得して、そこからメダリストになっていくもの。周囲の人にそう見られてメダリストは育っていく。僕自身もいまだにメダルの色が“変わる”。金メダルっぽく見える時もあるし、そうじゃない時もある」

 -桐生は高校生の時から9秒台の重圧を一人で背負ってきた。

 「いや、背負ってはいないでしょう。注目されていたし、それは高校生には大変な作業だったと思う。でも、山県君、ケンブリッジ君がいて多田君が出てきてサニブラウン君がいて、9秒台が出る可能性がどんどん高くなった。もちろん桐生君が注目される割合は高かったけど、僕の場合は(上の世代に)朝原さんがいたが、一人だった。それに比べると、今の彼らは9秒台にみんなで向き合っていると思う」

 -し烈な争いとも言えるが。

 「し烈というのは、王者の強さを持つ人間が何人もいる状態。ハイパフォーマンスが何人もいるんじゃなくて(絶対的な王者が何人もいること)」

 -若い桐生が、ここからどう成長するか。

 「僕は絶対に見てますよ。彼のこれからの走りを。タイムやパフォーマンスじゃなく、どんな選択をしてどんな言葉を言うか。今はまだ子供で、子供が大人の夢をかなえようとしている。9秒台もそう。成熟していくには周りの環境もある。本人がどうしたいのか。若い選手が本当に何をしたいのかを大人が考えてあげることも大事だと思う」

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