広島・佐々木 県岐阜商・鍛治舎前監督の存在が今でも原動力に 主将の3年夏に甲子園交流試合でソロ弾 1年夏から4番起用

4回、左前打を放つ佐々木(撮影・北村雅宏)
9回、ソロを放つ県岐阜商・佐々木泰=2020年
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 高校野球シーズン限定で、カープ選手に高校時代を振り返ってもらう新企画「コイ戦士 高校野球の思い出」。今回は佐々木泰内野手(23)が県岐阜商名将・鍛治舎巧前監督(75)の下で汗を流した3年間を振り返った。

 佐々木は中学時代、2番手投手だった。「打たれすぎて試行錯誤していた」。上手投げから横手投げへと変更し、直球の最速は128キロ。一方で打撃が良かったため、三塁手としてもグラウンドに立っていた。

 転機は中学3年秋の県大会だった。「ゾーンに入っていて、めちゃくちゃ打った」。大器の片りんを感じさせる打撃が県岐阜商関係者の目に留まった。野球人生の分岐点だった。

 入学の決め手は、鍛治舎監督の存在だった。自身が入学するタイミングで、名将が母校の監督に就任することが伝えられた。中学時代、鍛治舎監督が率いる秀岳館(熊本)の野球が「めちゃくちゃ好きだった。トレーニング動画とか、ご飯を食べる動画とかを見ていた。それで甲子園で圧倒して勝っていたから」。憧れの監督の下でプレーできることは願ってもない環境だった。

 入学後、待っていたのは想像を絶する練習量だった。ストレッチ前の指立て伏せや補強運動に始まり、「一番、キツかった」と振り返るのが革手袋をして行うペアでの手押し車。それが終わるとポール間走。午後4時から10時近くまで肉体と精神を鍛え上げた。

 勇気を持って挙げた手が、1年生ながらレギュラーをつかむ一歩となった。1年生は室内での基礎トレが日課。地獄のトレーニングに耐えていたある日、「打撃をしたい選手は手、挙げろ」の声に迷わず挙手した。

 実戦形式の打撃練習で打撃投手の球を鋭いスイングで打ち返した。Bチームに合流し、練習試合で3本塁打を記録してAチームに即昇格。Aチーム初試合でも本塁打を放ち、次の試合でも打った。2戦連発で指揮官の心を一気につかみ、夏から4番で起用された。

 主将として迎えた3年時は、コロナ禍で春の選抜や夏の選手権など公式戦が全て中止となったが、選抜に出場予定だったチームが招待された8月の「甲子園高校野球交流試合」で聖地の土を踏んだ。明豊戦の九回にソロ本塁打を放ち、高校通算本塁打を41本とした。

 24年8月に県岐阜商の監督を退いた鍛治舎氏との交流は現在も続いており、「いい打ち方だったとか、頑張れよと声をかけてもらっています」。7月のフレッシュ球宴出場後も連絡をくれた。「本当にありがたい。監督がいなければ、絶対に今の自分はいないので」。恩師から届くメッセージが、佐々木を原点に立ち返らせ、プロの世界で戦う原動力にもなっている。

 ◆佐々木泰(ささき・たい)2002年12月24日生まれ。岐阜県大垣市出身。内野手。178センチ、86キロ。右投げ右打ち。小学1年で野球を始め、中学時代は岐阜ボーイズでプレーする。県岐阜商では1年夏から4番を務める。青学大を経て、24年度ドラフト1位で広島に入団。2年目の今季は開幕戦で4番を任される。

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