【永山貞義よもやま話】機略に満ちた新井監督の「囲碁野球」3世代組み合わせ使う新定石

 新井野球の象徴的活躍を見せる上本
 機略に富む「囲碁野球」を展開する新井監督
2枚

 現在、老いの合間の仕事としているのが囲碁担当の記者。将棋も幼少の頃から結構、たしなんできたこともあって、かつてサッカーを囲碁的、野球を将棋的との視点で書いたことがあった。その理由を風が吹けば、おけ屋がもうかる式の三段論法で述べれば、こうだった。

 ①サッカーが囲碁の石と同様に球をつなぐ競技で、何人もの連係でやっと1点しか入らないのに対して、野球は本塁打を打てば、1人で簡単に1点。

 ②だから野球は、飛車角のような長距離打者が多いほど点が取れやすいし、1本で最大4点も入る。

 ③従ってサッカーは囲碁的、野球は将棋的-と決めつけたのは、あまりにも幼稚過ぎる見方だったろうか。

 サッカーの方はともかくとして、野球が将棋的だった事例は、球史の中に幾つもある。その一例を挙げると、昭和30、40年代の巨人は王貞治、長嶋茂雄のON砲が強大な威力を発揮し、日本シリーズ9連覇という快挙を成し遂げているし、二例を記すと、同50年代のカープも山本浩二、衣笠祥雄の大駒2枚が試合を再三、動かして黄金期を築いた。

 ところがである。すべてが変化し、進化してきた現代では、こんな野球の見方は、既に時代遅れになっているのかもしれない。特に変わったのが今年のカープで、そのありようはサッカーにそっくりの「囲碁野球」に見えてくる。

 そうなったのは、マクブルーム、デビッドソンが期待通りの飛車角でなかったのが第一の要因か。加えて新任の新井貴浩監督が「家族野球」の方針を打ち出したことから、石をつなぐ競技の「囲碁野球」の色が次第に濃くなったのだろう。

 こんな野球を推進していく中で、打ち手の「新井定石」なるものも、鮮明になってきた。その戦略的な基本定石は、相手投手が右投げなら左打者を並べ、左投手だと右打者を多く使うのも右に同じ。時折、左右関係なしの変型が出てくるのは、過去の個人同士の対戦成績を参考にしてのよう。といった多くの事例からすれば、当初はデータ重視が新井野球の柱として据えられていたようである。

 この定石については、要石となる西川龍馬や菊池涼介、秋山翔吾のけがなどによって、いろんな新型も登場。特に球界の定石を覆すほどの上本崇司の4番起用には、誰もがあっと驚いたのではないか。これもつなぎの「囲碁野球」だからこそ、打てた一手であろう。

 戦術的には、積極的に仕掛けていくのが基本定石。その中で多用しているのが「機動力野球」というのは、誰の目にも映ろう。ただ盗塁にしてもエンドランにしても、状況的には定石外れの手が多いのは、見ての通りである。

 そのほかAI(人工知能)を使って考察すれば、一気に数値が下がりそうな奇策も数々ある。それでも成功率が高いのは、新井監督の打つ手が「名人に定石なし」というほどの手なのかもしれない。

 さらにベテラン、中堅、若手の3世代を多岐に組み合わせて使うのも、新井監督が編み出した新定石の一つか。この起用法を深読みすれば、ベテランの再生、若手の育成をにらみつつ、なおかつ勝とうとしているのだから、欲張りな策ではある。

 こうした機略が功を奏して、交流戦後から上昇気流に乗り、そして迎えた広島夏の陣。残念ながら、新井監督が勝負どころと捉えたこの阪神3連戦は、雌雄を決するほどの天下分け目の一戦にはならなかったが、まだ投了するまでの形勢ではないはず。一手一手、粘り強く打って逆転を狙っていきたい。(元中国新聞記者)

 ◆永山 貞義(ながやま・さだよし)1949年2月、広島県海田町生まれ。広島商-法大と進んだ後、72年、中国新聞社に入社。カープには初優勝した75年夏から30年以上関わり、コラムの「球炎」は通算19年担当。運動部長を経て編集委員。現在は契約社員の囲碁担当で地元大会の観戦記などを書いている。広島商時代の66年、夏の甲子園大会に3番打者として出場。優勝候補に挙げられたが、1回戦で桐生(群馬)に敗れた。カープ監督を務めた故・三村敏之氏は同期。阪神で活躍した山本和行氏は一つ下でエースだった。

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