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松坂を超える「横浜高歴代ナンバー1投手」が起こした奇跡 「消えた天才」で特集

 高校野球の名門・横浜高で歴代最高の天才投手とも称されながら高校2年時に急死した丹波慎也氏(享年17)について18日放送のTBS系「消えた天才」が特集。横浜高前監督の渡辺元智氏(74)、兄・幹雄氏(44)がVTR出演し、丹波氏が起こした奇跡を語った。

 “平成の怪物”松坂大輔(現・中日)を輩出した横浜で渡辺氏が「歴代ナンバー1。総合的に見て松坂より上」と言い切る投手がいた。中学時代に全国制覇した丹波氏は、横浜高でも1年の夏からベンチ入り。新チームでの4試合で2試合をノーヒットノーラン。打撃でも3本塁打とエースで4番の“二刀流”として期待された。

 しかし高校2年の秋、練習試合から帰宅後、自宅で寝たまま翌朝目覚めることなく急死した。急性心不全だった。

 このショックから渡辺監督は、チームは試合をできる状況ではないと秋の大会出場辞退を考えたという。しかし葬儀で、丹波氏の母親から「慎也のためにも甲子園に行く夢をかなえてください」と言われ、我に返った。

 中堅手を投手にコンバートし、苦しみながらも関東大会に勝ち進んだ。そして1回戦の宇都宮南戦では、2点を追う九回裏2死走者なしまで追い込まれた。ここでチームは「丹波が見ているぞ。丹波の魂を甲子園へ」と結束。奇跡のサヨナラ勝ちで勝ち上がり、甲子園出場を決めた。

 丹波氏が起こした奇跡はこれだけではない。丹波氏には4歳上に兄・幹雄氏がいた。幹雄氏もまた横浜高で投手だったが、肘を壊し、1年の冬に退部。野球から離れて目標のない日々を送っていた。

 丹波氏が亡くなる2週間前、突然弟からキャッチボールをしてくれと頼まれ幹雄氏は相手を務めた。その時、弟は「まだできるよね。もう一回やればいいのに」と兄に言葉をかけたという。

 その時は聞き流したが、弟が直後に急死。プロ入り間違いなしの息子を突然失った両親がふさぎ込む中、幹雄氏は「プロを目指してもう一回やろう」と決意した。クラブチームに所属し、形見のグローブを手に、弟とともに夢を追った。

 迎えた1998年のドラフト会議。ヤクルトから8位指名を受ける。弟が果たせなかった夢をかなえた。「亡くなる前になんて言葉残してくれたんだと…。でも、もう一回野球やって良かったですね」と幹雄氏。丹波氏が起こした再びの奇跡は、甲子園春夏連覇を達成した横浜高の後輩・松坂が西武に1位指名された5時間後の出来事だった。

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