開星「晴天の」バックホーム
【8月6日】
開星のセンター田村晴天は狙っていた。「こい。俺んとこ飛んでこい」。獲物を狙う眼光でそのときを待った。四回2死満塁。リードはわずか1点。ゲームを左右する分岐点になった。
打席には宮崎商の日高有希也。宮崎大会で打率・524を記録したリードオフマンがこの好機で変化球をはじき返した。打球がセンターへ転がると、果敢にチャージした田村の肩が唸る。その瞬間、甲子園の風がやんだ。
「絶対に刺せると思っていました。(打球を)呼んでいました」
天晴れなバックホームは寸分狂わぬラインで逆転を許さなかった-。
まさか甲子園の記者席で開星の夏1勝を取材できるとは思わなかった。私事だけど、昨年まで開星高校野球部にお世話になった(先日も書いた)。だから、田村という大阪出身の逸材をよく見てきた。この2年間、開星のセンターは不動。島根大会の準決勝で大社に敗れた昨夏、田村は泣いていた。もう3年生と野球ができない…と。こういう姿を僕は忘れないし、野球の神様は彼の真摯な心を必ず見ている。
甲子園で勝者がベンチ裏から姿を現し、監督がお立ち台でインタビューを受けるシーンをテレビで見かけると思う。その間、選手はクーラーの効いた別室で大勢の記者から取材を受ける。
甲子園の浜風、どうだった?
そう聞けば、田村は言った。
「旗の動きと自分が守っている位置の風の向きが全然違っていて、めっちゃ難しいなって思って…。ずっと風を感じながら守っていました」
いつも僕らが阪神の取材で描写する「浜風」は想像の域を出ない。決まって書くのはライトからレフトへの強風…。だが、実際はそんな単純なものではない。そこに立った者にしか分からない風の正体を田村が教えてくれた。
いつもこの「難敵」を相手にセンターに就くのが、近本光司である。大阪高石市生まれの田村は阪神ファン。年間60試合以上、甲子園のセンターを守り抜く近本の話をすれば田村は言う。
「ほんと、すごいと思います…」
そしてもうひとり、取材ルームで話を聞いたのは小村拓矢。田村とともに甲子園の浜風を読む左翼手であり、不動のトップバッターである。八回の打席で右足を痙攣させて担架でベンチへ下がったけれど、二回には値千金の2点タイムリーを放つ活躍を見せた。
甲子園、どうだった?
「良かったです…。守っているときは結構、打球が見づらかったですね。次ですか?絶対勝ちますよ」
さあ、二回戦の相手は仙台育英だ。センターの落球で敗れた10年以来の対峙…各社メディアはそう書く。
あの夏、開星の枢軸だった糸原健斗に連絡してみると、「きょうは最後だけ見ることができました。野々村監督に今から連絡します」と話していた。
夏2勝へ、田村は自ら切り出した。
「センターが注目されるのはうれしいです」
その前のめりなマインドが甲子園の風を味方につける。僕はそれを楽しみにまた阪神取材へ戻る。=敬称略=
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