勝つ野球は味気ない

 【5月6日】

 僕は病院のテレビで屈辱の瞬間を見届けた。ナゴヤドームで立浪和義がベンチを飛び出し、両手を挙げている。マウンドで溢れるドラゴンズブルーの歓喜。三塁ベンチの虎将は唇を噛んだまま…。

 16年前である。

 06年9月16日、阪神は山本昌にノーヒットノーランをくらった。打者28人。準完全試合だった。

 このとき、僕は家族が入院したため休暇をもらっていた。プロ野球史としては歴史的な瞬間。しかし、阪神にとっては…。

 実は、病院ではないけれど、この夜も西宮でテレビを見ていた。また、ナゴヤか。また、左腕か。そんな思いで大野雄大の快投を見つめたわけだけど、負けじ腕を振る青柳晃洋を眺めながら、16年前、山本昌と投げ合った右腕を思い出した。

 福原忍である。背番号28が許した失点は2発のみ。スコアは0-3。112球の完投報われず…。「疲れは全然なかった」。そんな福原のコメントを翌日の本紙で読んだ日が懐かしい…。

 その福原が青柳の背中を3度たたき、完投を労っていた。八回のピンチではマウンドへ駆け寄り、青柳と梅野隆太郎に作戦面で何やら伝えているように見えた。

 あの日の福原と同じ被安打5。無情にも延長十回に幕切れを迎えたけれど、あっぱれ青柳。大野に「投げ負けた」とは思わない。見事な109球だった。

 両投手にいいものを見させてもらった夜だけど、ここで両軍ベンチの「勝負」について考える。

 福原がピンチでマウンドに向かった八回の局面。2死三塁で石川昂弥を申告敬遠し、打順が9番に巡ると、立浪は、パーフェクトを続ける大野を打席に立たせた。

 山本昌ノーヒットノーランの時の竜将・落合博満ならどうしていたか。さすがに、代打はないか。それとも…。

 逆に阪神九回の攻撃はどうか。2死をとられ、打順が9番に巡ると、矢野燿大は青柳をそのまま打席へ送った。この回3人で仕留められ裏に失点すれば、大野に大記録を許すことになる。それでも、矢野は27人目の打者に代打を送らなかった。これはパーフェクトを続ける大野に代打を送らなかった立浪のタクトとはまた意味合いが違ってくる。が、矢野は最後まで青柳にこの試合を託した。そこまでの投球内容もそうだけど、仮に他の投手だったら、続投させたかどうか。これは矢野が青柳を「絶対エース」と認めた上でのタクトである。そうでなければ説明がつかないと僕は感じた。

 山本昌ノーヒットノーランの時の虎将・岡田彰布ならどうしていたか。青柳を打席に立たせたか。それとも…。

 この日サンテレビで解説した山崎武司はキャンプ前、中日新聞の評論でこんなことを書いていた。

 「『勝つ野球』というのは意外に味気ないもの。立浪監督にシンプルな采配をしてもらえれば自然と(チームは)上向くのでは」

 勝負と信頼。悩ましい夜だ。=敬称略=

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