さらば「松とら屋」元デイリースポーツ・松下雄一郎さん死去 名物コラム2315回+α貫いた書き屋の本懐

 2017年、キャンプで藤川(右)と対談取材する松下さん
 将棋好きとしても知られ、正月企画で岡田監督(左)と対局した松下さん=07年
 特注ユニを着た松下さんファン。背中には「893」の文字
3枚

 元デイリースポーツ社員で、「松とら屋本舗」で執筆を続けていた松下雄一郎さんが、8日に亡くなった。昨年4月に大腸がんが判明し、闘病を続けていた。55歳。神戸市出身。葬儀・告別式は近親者で執り行った。

 タイガースを愛し、虎党の心に寄り添い続けた書き屋だった。松下さんは昨年4月に大腸がんが判明。懸命の闘病生活の末、空へと旅立った。

 タテジマとともに生きた55年。「阪神の応援でメシを食う」と記したのは小学校の卒業文集でのこと。関西学院大を卒業後、大手製薬会社に入社もデイリースポーツの記者募集を見て転職を決意。1998年に入社した。整理部、レース部(ボート担当)を経て2003年から阪神担当に。選手から信頼を集め、自称“ヤンキー記者”としても人気を博し、11年から「松とら屋本舗」が“開店”した。

 阪神・藤川監督との深い親交は知られているが、描いたのはプロ野球選手だけではない。肩書に関係なく、すべての出会いに感謝し、携わった人の人生や愛情などを色濃く映し出した筆が読者の胸に染み渡り、感情を揺さぶった。デイリースポーツを退社した23年の、11月の最終回が連載第2315回を数えたほどの名物コラムとなった。

 その後はキャンプシーズンでの特別版や、隔週での掲載を続けていたが、昨年4月に病魔が発覚。最近では症状の進行をより感じていた中、つらさと同時に不思議と落ち着く自分もいたという。

 「しんどくて原稿を書けないことがある。それが体を言い訳にしているみたいで情けなくて…。でも病院で症状が重くなっているのを聞くと『これだけひどい状態なら、そら書けないな』と。体のことを考えると良くないけど、それでホッとするというか書けない自分に納得できるんよね」

 常に「死ぬことは怖くない」と言い続けた。最期まで書き屋であることを貫き通したのが、松下さんの生きざま。たくさんの人に喜怒哀楽を届けて、心を満たし続けた人生だった。

 厳しくも、愛のあるまなざしはずっと変わらないだろう。これからも阪神を見続け、思いを紡ぐ。デイリースポーツの片隅から、場所が空の向こうに変わるだけ。松とら屋は永遠に。いつまでもずっと、心に生き続ける。

 ※松下様のご葬儀は、家族葬にて執り行われました。ご弔問、ご香典、ご供花、ご供物等は一切ご辞退されております。ご自宅への訪問等もお控えください。何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。

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