SFとは違った現実 空飛ぶクルマはなぜビル屋上から飛べないのか 非常用の「Hマーク」、着陸できない「Rマーク」に潜む都市インフラの限界
大阪・関西万博でいろいろな意味でも注目を集めた「空飛ぶクルマ」。高層ビルの屋上に着陸し、人を乗せそのまま空へ飛び立つ未来がすぐそこにあるように思えました。しかし現実はSF映画のようにはいきません。現在の都市空間には、まだ大きな壁が存在しています。
ヘリポートのコンサル設計・施工を手がけるエアロファシリティー株式会社によると、「現状のビル屋上では、空飛ぶクルマを日常的に離着陸させるのは難しい」といいます。実はドローンでも同様の困難さがあるそうです。その理由は、機体性能以前に、屋上に設けられた設備の“性格”にありました。
まず前提として、高層ビルの屋上で見かける「H(Heliport)」や「R(Rescue)」と大きく書かれたマークがありますが、一般的なヘリポートとは大きく違います。
「Hマーク」は、消防ヘリが緊急時に使用するための緊急離着陸場です。日常的な運用を想定したヘリポートではなく、あくまで非常時に限定した設備として設けられています。「あべのハルカス」や「渋谷スクランブルスクエア」など、超高層ビルの屋上に設置されていますが、通常利用のための認可は受けていません。
一方、「Rマーク」は緊急救助用スペースです。消防ヘリが上空でホバリングし、電動ウインチで避難者を吊り上げるための場所であり、着陸は想定されていません。床の強度も人が歩行できる程度に限られており、ヘリコプターはもちろん、空飛ぶクルマやドローンであっても着陸はできません。
つまり、「Rマーク」は構造上、そもそも着陸できない場所です。そして「Hマーク」も緊急用で、いずれも空飛ぶクルマやドローンの常用的な離着陸を前提とした設備ではありません。
■着陸できても離陸できない…理由のひとつは“磁界”
緊急時には着陸が可能な場合もある「Hマーク」ですが、それだけではなく「離陸できない」という課題もあるそうです。
その大きな理由のひとつが「磁界の乱れ」です。ビルの屋上の「Hマーク」や「Rマーク」の多くは、鉄筋コンクリート構造でできており、鉄筋製造時の磁化などで床が強い磁気を帯びることがあります。
空飛ぶクルマやドローンは、姿勢制御や方向を判断するために地磁気センサー、いわゆる電子コンパスを使用しています。そのため、強い磁気の影響を受けるとセンサーが狂うのです。磁気干渉のある場所へ着陸は可能ですが、機体が予期せぬ方向に流されるなどのリスクがあります。また、そういった場所に着陸してしまうと、センサーエラーによって離陸ロックがかかり、着陸できても離陸できないというケースが起きるわけです。実際に都心でドローンを飛ばしたことのある事業者なら “コンパスエラー”を感じたことがあるかもしれませんが、空飛ぶクルマも同じ問題に直面しています。
さらに、磁界の問題に加えて構造上の強度も課題となります。「Hマーク」は消防ヘリの緊急着陸には耐えられる設計ですが、繰り返しの離着陸を前提としたものではありません。「Rマーク」に至っては歩行できる程度の強度しかなく、機体重量に耐えられないためそもそも物理的に着陸が不可能です。
空飛ぶクルマは数百キロの機体重量があり、垂直離陸時には強い下降気流も発生します。そのため、床材の強度だけでなく、風の影響を考慮した専用構造が不可欠となります。
こうした課題を踏まえ、同社では磁界や強度の問題を解決するため、特許製品である「アルミデッキ製ヘリポート」を開発。すでに行政機関や国立大学、病院、日本赤十字社などで施工実績を重ねています。
さらに空飛ぶクルマやドローンが離着陸できる専用施設「Vポート(Vertiport)」のサービスも提供。大阪・関西万博会場内の空飛ぶクルマの離着陸場「EXPO Vertiport」の基本設計支援にも携わりました。
しかし、「Vポート」はまだ一部の実証施設に限られ、都市部にはほとんど存在しません。「Vポート」には、「磁界対策のためのアルミや非磁性床材」「強風・振動に耐える高耐荷重構造」「急速充電設備」「乗客動線用エレベーター」「歩行者保護エリア」「夜間灯火設備」「無人航空機システム交通管理(UTM)」など、多くの要件を満たす必要があり、既存の「Hマーク」を改修する程度では対応が難しいといいます。
空飛ぶクルマの課題は、すでにドローンの現場で顕在化しています。軽量なドローンですら安定しない環境で、数百キロある機体を安全に離着陸させることは、既存のビルの屋上構造では困難だということでした。
■空飛ぶクルマの普及には「インフラ革命」が必要
同社の担当者は、「空飛ぶクルマを都市部で運用するには、既存のHやRを転用するのではなく、最初からVポートとして設計する必要があります。法規制や構造上の理由から、既存ビルに後付けでVポートを作るのは非常に難しく、再開発や新築ビルで最初からVポートを組み込むことが理想」だと話します。
空飛ぶクルマの課題は、機体そのものの問題も山積みですが、ボトルネックはどこから離陸してどこに着陸するのかということです。ただ、課題が見えてきたことは解決に向けたスタートラインに立ち始めたということです。いつの日か、本当にビルの屋上が“空の駅”になる日が来るのか。そんな未来をワクワクしながら想像しつつ、今後の動きを追っていきたいと思います。
(まいどなニュース特約・鈴木 博之)





