FC東京 永野修都 J1からロス五輪&W杯へ 初挑戦のJ1「東京の戦力になるために戻ってきた」鳥取&藤枝での経験生かす

 明治安田Jリーグの新たな歴史が始まる。これまでの春秋制から、世界基準のカレンダーに合わせた秋春制へ移行し、7日に開幕する。W杯北中米大会の熱気が残る中、次代を担う若き才能も新たな一歩を踏み出す。9月開幕の愛知・名古屋アジア大会に臨むU-21(21歳以下)日本代表DF永野修都(20)=FC東京=がこのほど、デイリースポーツのインタビューに応じた。新シーズンへの決意に加え、2年後のロサンゼルス五輪、さらに30年W杯の出場へ強い思いを語った。

 プロ入り後、初めて青赤のユニホームで迎える開幕を前に永野は力強く意気込んだ。

 「夢だった(FC)東京のプロ人生がようやくスタートしたなという実感がある。1年半鳥取、藤枝で実戦経験を積んで成長してきた分、東京の戦力になるために戻ってきた。本当に気合が入っているし、試合に出て活躍しなきゃいけないと思っている」

 初挑戦のJ1で活躍し、大舞台行きの切符をつかみとる。レギュラーの壁は高いが「負けない部分は自分にもある」と自負。中盤、センターバックを高次元でこなす万能型は「相手からボールを奪う部分が特長」と相手の攻撃を食い止め、攻撃の起点にもなる。J3鳥取ではプロ1年目ながら副主将を担当。J2藤枝では元日本代表DF槙野智章監督のもと、守備基準を学んだ。

 年代別代表の常連で、U-21日本代表・大岩剛監督の信頼も厚い。1月のU-23アジア杯では主力として優勝に貢献。その指揮官がA代表の監督と兼任することが決まり「A代表に呼んでもらえるチャンスも、以前に比べれば高まっていると思う」と前向きに捉える。

 12歳時にテレビで見た18年W杯ロシア大会での「ロストフの悲劇」が脳裏に焼き付いている。高速カウンターに屈し「やっぱり世界ってすごいんだな」と痛感。世界への意識が強まった。U-17W杯はケガで不完全燃焼に終わり、U-20W杯は選出されず。W杯への思い入れは強い。

 アピールのためには試合に出続ける必要がある。新シーズンでは主にポストユース年代を対象にした「U-21Jリーグ」が実施される。当然、トップチームでの出場を目指すことが大前提だが「メリットは本当にある」とうなずく。日本代表MF堂安律は16年にG大阪U-23として、J3で21試合10得点を挙げ、次のステップにつなげた。周囲との違いを見せられれば、道が開けてくる。

 「4年後になれば自分を含めロス世代も若くない。自分たちの代がA代表に食い込んでいかなきゃいけない」。北中米W杯で活躍したMF佐野海舟、GK鈴木彩艶は4年前、J1の主力ではなかった。まずは2年後のロス五輪に照準を定める。「成長して、世界の相手に対して戦える準備をしていきたい」。ロス五輪、そして30年W杯へ-。夢舞台への第一歩となるシーズンが始まる。

 ◆永野 修都(ながの・しゅうと)2006年4月15日、東京都練馬区出身。DF、MFでプレーする万能型プレーヤー。練馬FCからFC東京U-15、同U-18を経て、25年にトップチーム昇格。同年にJ3鳥取へ期限付き移籍して31試合出場。26年にJ2藤枝へ期限付き移籍し、J2J3百年構想リーグは18試合中17試合に出場した。今季からFC東京に復帰。年代別代表にはU-16日本代表から継続して招集され、23年にはU-17W杯に出場。26年1月のU-23アジア杯では大岩剛監督のもと、主力DFとして優勝に貢献した。リフレッシュ法はサウナ。182センチ、77キロ。

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