Jリーグ30周年 野々村チェアマンが掲げる理想「世界に出ていけるようなクラブが出てこないと」一問一答

 Jリーグ30周年記念球と思いを記した色紙を手に笑顔でポーズを決めるJリーグ・野々村芳和チェアマン=東京・JFAハウス(撮影・開出牧)
 Jリーグの展望について熱く語る
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 Jリーグは今年5月15日に開幕30周年を迎える。プロ選手としての経験を持ち、引退後は解説者、そして札幌のクラブ社長としても辣腕(らつわん)を奮い、昨年3月に第6代Jリーグチェアマンに就任した野々村芳和氏(51)。デイリースポーツのインタビューに応じた若きリーダーに、理想と掲げる今後のJリーグの姿などを聞いた。以下、一問一答。

  ◇  ◇

 -Jリーグ開幕30周年を振り返って。

 「僕が大学生の時にJリーグができて自分の人生も変わったし、その前後の世代にも思ってもいなかったような変化があった。Jリーグを作ってくれた多くの人たちへの感謝、クラブを地域に作ることに尽力してくれた人たちへの感謝、そこが一番。サッカーを日常にしてくれた人たちへは、感謝してもしきれないです」

 -当時、開幕戦はどこで見ていたか。

 「よく聞かれるんですけど(スタジアムへ)見に行ったような気もするし…分からないんですよ。本当に覚えてなくて。Jリーグが出来たこと自体への衝撃がサッカーをやっていた僕らには強すぎて、あのシーンが…とかないんですよね」

 -93年の開幕を経てプロになろうという思いはわいてきた。

 「それは明確に思いました。高校を卒業する時は将来サッカーを続けるかどうかなんて決めてもいなかったけど、あれを見せられたらやりたいって思うのが普通かなと」

 -迷いもない。

 「全然。就活もしなかったですもん。全く迷いはなかった」

 -プロ入り(95年)した時の思いは。

 「当時プロリーグってどういうものかとか、プロ選手ってどうあるべきかとか、分かっていた人はほとんどいないと思うんですよ。だけど高い年俸をもらって、その中で生き延びていかなきゃいけないっていう必死さはありました」

 (続けて)

 「当時はJリーグの年俸と、例えば欧州のトップリーグの年俸ってそんなに変わりがなくて。Jリーグに現役の(各国の)代表選手もたくさんいたんですね。その人達とやるのが普通だと思っていたから、能力的には足りてなかったけど、気持ちで負けているとかは全然なかった。怖いですよね(笑)」

 -引退後も経営者としてJリーグに携わってきている。

 「ビジネスのこととか、背景も含めて考えるようになったのは、そのぐらいからじゃないですか。経営者としての10年は全く見えるところが違うし、見なきゃいけないところが違ったりする。でも、選手や解説者での時間があってよかったなと。その経験がなければ、思考回路は全く違っていたと思う」

 -Jリーグの次の30年へ向けたプランは。

 「テーマは2つ。それぞれのクラブが地域で本当に輝く存在になるっていうこと。これはベースとして絶対になきゃいけない。一方で世界との競争もやっていかなきゃいけない。世界に出ていけるようなクラブが出てこないと、Jリーグ全体が沈んでいくことにもなりかねないので」

 (続けて)

 「Jリーグも30年前はサイズ的にもプレミアリーグと同じぐらいだったのに、彼らは今伸びているわけですよ。彼らには100年ぐらいのベースがあって、次へストレッチ(高い目標設定)するための取り組みをしていた。30年前のJリーグでは絶対できない。それは始まったばっかりだから。ただ、そろそろJリーグも世界に向けてストレッチするっていう意識を持てるか。これは大事かなと思っていますね」

 -ビッグクラブ作りでは、最初はアジアが戦略のターゲットに。

 「そう思っています。アジアはこれからサッカーも伸びてくるし、日本以上に情熱のある国はたくさんある。この30年で日本の子どもたちがJリーガーになりたいという夢を持ち、地元のクラブを通して世界を見ることが出来てきた。次にアジアの子供達が日本に行きたい、Jリーグに行きたいと思ってもらえる情報の届け方をやっていくのがいいのかなと思っています」

 -ビッグクラブとなり得る条件は。

 「クラブの哲学も含めたサッカーをどう作るかっていうことが、大事だと思うんですよね。その上にビジネス的なものがある。スペシャリストがどのぐらい出てくるか、これはフロントのプロフェッショナルみたいなことなんだろうけど」

 -これまでの30年で選手、指導者の質が上がった。今後はフロントの質を上げる段階。

 「そうだと思いますよ。選手が15年でプロになり、日本人指導者が15年でプロになったと仮定すれば、次はフロントがプロになると、また違ったサッカークラブ像ができてくるはず。地域によっても有利不利はあるんですけど、それでもやれる面白いフロントや社長、GMが出てくる。その競争になるのが必要ですね」

 -配分金の範囲も膨らんだ。地方クラブにも可能性を持ってほしいということか。

 「僕はそのつもりです。結構いろんなところにチャンスがあると思うんですよね。今までとは違ったアイデアででかくなって強くなるみたいなことが起こってほしい。順位でもらえる配分金とかも、広くしておいた方がいいのかなと、僕は思っています」

 -秋春制のシーズン移行も今後の課題。

 「このシーズン制以降に関しては、いろんな人の(意見)を全部聞いていきたいなと思っています」

 -現在はJリーグで代表選手のプレーが見られない。将来の日本代表との関わり方としてはどう考えるか。

 「将来は全然分からないですね。30年後にJリーグが伸びているかもしれないし、米国のMLSが伸びているかもしれない。いずれにしてもビジネスとして成功している高いレベルのところに人が流れるのは変わらないんだろうなと。それでJリーグの魅力がなくなるとは思わないんですよね。地域でのクラブで頑張ってた子が世界に出て代表選手になることは、おそらく地域の人にとっても幸せを与えたと思うし、それもクラブの楽しみ方の一つ。地域のクラブには海外のビッグネームがいなくても。わが街のスターがいればいいはずなんです」

 -地域密着とビッグクラブ誕生を両輪で進めていく上で、まず注力するのは地域密着。

 「これは絶対にやらないと、サッカーがサステナブルじゃなくなってしまうので。それを分かり始めてる人が多いから、地域のクラブに仲間が増えていると思うんです」

 -日常にサッカーがある社会を持続できるという手応えは。

 「それはもちろんある。そこを作る方もフロントも理解した上でやっていけるかどうか。それこそフロントのプロフェッショナルが出てくると違ってくると思いますね」

 ◇野々村芳和(ののむら・よしかづ)1972年5月8日、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。清水東高から慶大を経て95年に市原(現千葉)に入団した。00年に当時J2の札幌に移籍し、同年のJ1昇格に貢献。01年に29歳で現役を引退した。J1通算118試合6得点、J2通算36試合2得点。13年には札幌社長、22年1月に同会長に就任。同年3月に第6代Jリーグチェアマンに就いた。

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