久保隼×坂口佳穂(2)長谷川さんの存在は僕にはすごく大きい

 インタビューを始める前に握手を交わす坂口佳穂(左)と久保隼(撮影・石湯恒介)
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 今年4月に世界王座を獲得したWBA世界スーパーバンタム級王者・久保隼(27)=真正=が9月3日の初防衛戦を前に、ロングインタビューに応じた。ビーチバレーで2020年東京五輪出場を目指す“ビーチの新妖精”坂口佳穂(21)=マイナビ=が今回インタビュー取材に初挑戦し、王者の内面に迫った。ここでは減量やジムの先輩である元世界3階級王者・長谷川穂積氏(36)=デイリースポーツ評論家=についてなど、ボクシングの専門的な話を掘り下げた。

  ◇  ◇

 ▼減量

 坂口「ボクシングで減量(※1)ってすごく大変じゃないですか。どう減量しているのかすごく気になるんですけど」

 久保「減量の仕方も毎回試行錯誤して、前回世界戦(※2)の前、体のことに詳しい先輩がいるんですよ。世界戦ぶっつけ本番になるけれど、カロリー計算、栄養成分とか聞いてやってみようと思って。それできれいに落ちたんですよ」

 坂口「食べたものを記録するんですか」

 久保「そうです。1日に何キロカロリー取ったかなど」

 坂口「朝何キロカロリー取ったから昼はこれくらいにしようとかするんですか」

 久保「そうです。練習のきつい日は糖質、炭水化物などを入れて動きやすいようにしながら。僕の基礎代謝は1500ちょっとなので、1500キロカロリーまでならどんだけ食べても太らないんですよ」

 坂口「そうですね」

 久保「だからその繰り返しでうまいこと落として。3月10日に体脂肪率が9・8%だったのが、3月30日に5・4まで落ちました」

 坂口「そんな短期間で!」

 久保「はい。こんな簡単に落とせるんやって。今回前と同じようにやればいいって思っているんですけれど、甘えてしまう自分がいるのが怖いんですよ」

 坂口「前回落とせたからいけるんじゃないかって」

 久保「そうです。毎日毎日食材をいろいろ調べています」

 坂口「何をあまり食べないようにしているんですか」

 久保「やっぱり脂質を少なめにして」

 坂口「脂質少なめ、蛋白質多め」

 久保「そうですね。今の時期(試合まで1カ月以上)は炭水化物、糖質は多めにしないと動けないので。練習もきついので。いい具合に落としていって、1週間に1度、体脂肪率を測ってもらってその先輩に数値を見てもらい、炭水化物何グラムなど言われる」

 坂口「何グラム。すごい」

 久保「毎朝何グラム体重落ちているか計算しています」

 坂口「減量していて心が折れることはないんですか。お腹すいたとか」

 久保「ありますね」

 坂口「どうするんですか」

 久保「最近は野菜がカロリーがめっちゃ低いのが分かった。白菜とか、きのこ類とかも100グラム20キロカロリーくらいしかないので。バンっとやって(空腹を)紛らわせる」

 坂口「食べるものを考えてということですか」

 久保「そうです」

 坂口「自分で料理するんですか」

 久保「一応自炊です」

 坂口「一人暮らしですか」

 久保「今は寮生活してるんですけれど、別に僕は寝る場所さえあればいいと思っているんで」

 坂口「そうですね、1週間外で過ごしましたからね(笑い)」

 久保「ハハハ(笑い)。寝る場所さえあればいい程度で。いろいろ調理法変えたりしています。茹でたら肉がカロリー20パーセントオフになるなど、計算しています」

 坂口「すごい」

 久保「今回も先週から始めています」

 坂口「防衛戦に向けて。それくらい緻密にやらないと難しいということですね」

 久保「そうしなかったらパフォーマンスが下がるかなって」

 坂口「すごい。見習います。何グラムとか何キロカロリーとか…。計算していないです、私」

 久保「体重落とすんやったら、それできれいに落ちていきます。今度、世界挑戦する後輩(※3)にも言ったら、きれいに脂肪だけ落ちていって、体がいつもと全然違うんですよ。でも1回目は結構楽しんでやれるんですけど、2回目はまたできるかなって不安も大きいんですよ」

 ▼初防衛戦

 坂口「9月に初防衛戦(※4)があります。作戦はありますか」

 久保「作戦というよりも、僕はいつも相手によってボクシングスタイルを変えるとかではなくて、自分のボクシングスタイルの中でできることで、相手に対応していくことしか考えていないので。だから自分のボクシングを貫き通すということを毎回テーマに掲げています」

 坂口「相手によって変えているわけではないのですか」

 久保「自分のボクシングを貫き通す中で、この選手やったらこのパンチの打ち方してくるから、自分のこのパンチなら合わせられるんじゃないかと、自分のボクシングを相手に嵌めていきます」

 坂口「相手のビデオを見て、作戦を練ったりしないのですか」

 久保「相手の映像は見過ぎたら強く見えてしまうところもあるので。プラス、その選手がやっている相手は僕ではない。僕にそれができるとは限らないと思って見ているので。僕は特に距離感でボクシングをする選手なので、対面しないと分からないやりづらさがある選手やと自分では思っています。映像を見た時に『この相手に当たるパンチが自分には当たらへんやろう』と思っています。そのかわり、相手のパンチの打ち方などは変わらないので、そこは見ておくというのが毎回のパターンですね」

 坂口「久保選手の持ち味は距離感。注目して試合を見ます」

 ▼先輩・長谷川穂積氏の存在

 坂口「チャンピオンになったことで、長谷川穂積さん(※5)と話す内容は変わりましたか」

 久保「長谷川さんは僕らがやっている世界の先に行かれた方。すごい方なんで、長谷川さんにしか分からないことがたくさんあったわけじゃないですか。僕らはそれを理解できることもなかったし。それがどんどん形を帯びていって『ああ長谷川さんが言ってた意味ってこういうことやったんや』と感じることも出てきた。長谷川さんは技術的なアドバイスよくしてくださるんですけど、やはりあの人は天才なんで。『すいません。長谷川さんが言っていることは天才やからできるんであって、僕らできないんで。すいません』と一回言ったことがあるんですよ。長谷川さんは『そんなことないやろ』と言うんですけど、天才なんですよ、あの人。天才で努力もする。けれども僕が一番ありがたいのは精神的なアドバイスをしてくれることなんですよ。すごいですよ。例えば、僕が2015年12月に東洋チャンピオンになりました。その初防衛戦(※6)の試合内容がほんまに酷くて、ジムにあいさつにも行きたくないくらい嫌だった。長谷川さんにも正直会いたくなかったんですよ。なんか言われるやろうなって。そしたら長谷川さんから『久保良かったやん』て言われたんですよ」

 坂口「良かった?」

 久保「ああ慰めてくれてるんやなと思ったら『なんで良かったか分かるか』って言われたので『いや、分からないです』と答えました。その試合、6ラウンドに1度だけ相手を効かせたんですよ。そこで終わらせることができたら良かったんですけど、6ラウンド以降すごいグダグダになった。もう酷かったんですよ、試合内容が。それでその時に長谷川さんが言ったことが、他の人と違った。他の人は試合内容だけで評価してきた。『今回悪かったけど、切り替えようや』とかそんな感じやったんです。だけど長谷川さんが言ってくれたのは『良かったやん』。『なんでですか』と聞いたら、『今回これだけ辛い思いをした12ラウンドを経験しているのと、していないのでは、お前が目標としている世界戦の時に大きな差が出てくる。いつも通り早く終わって勝つのと、ここで辛い思いをした12ラウンドを経験しているのとでは世界戦の時に変わってくる』と言われたんです。『だから今回12ラウンド経験したことが、いずれやってくる世界戦で生きてくるから』って言ってくれたんです。『お前が目指しているのは東洋チャンピオンやないやろ。お前が目指しているのが世界やから、世界戦までの試合はすべて経験やと思ってやっていかなあかんで』って言わはったんです。ああ、やっぱり世界獲った人は言うことちゃうなと思いました。それからもいろいろなアドバイスしてくれることがあって、やっぱり長谷川さんって違うんやなと思いました。違うし、僕が悩んだら、長谷川さんが自分の時の経験で『久保はたぶんここで悩んでいるんやな』とちょっと上のアドバイスを言って、プラスになるアドバイスをしてくれるので。長谷川さんは正直人見知りで、適当な感じがするんですけど、めちゃめちゃ気にかけてくれているというのが分かって。そういう意味では長谷川さんの存在はすごく僕には大きいですね」

 坂口「そうなんですね。めちゃくちゃいいアドバイスを」

 久保「これ、いつも言うんですけど、長谷川さんが3階級制覇された去年の9月16日(※7)。世間は奇跡って評したんですよ。正直長谷川さんが落ちていると、その前の試合で2回倒されているというのもあったんで、長谷川穂積は終わりやっていうふうに言っている人がいたんですね。でも身近で毎日見ている僕らからすれば奇跡じゃなかった。7月31日の一発目の実戦練習で左拳の骨が折れたんですよ。ずっと試合終わるまで黙っていたんですけど。それでも手術した日もずっと練習して、そして練習終わりにパンチをよける練習をしていたんですよ。僕はそんな簡単によけられるんかな、何の練習しているんかなとずっと思っていたんですよ。それが9月16日、最後の打ち合いがあるんですけど、それをよく見たら、普段練習終わりにやっていたことをやっていたんですよ」

 坂口「よける練習」

 久保「そうです。打ち合いの中でよけているのが何回かあったんですよ。打ち合いした瞬間、終わったと思ったんですけれど、映像をよく見たら、練習通りのことを長谷川さんはしたし、やっぱり奇跡という名の必然の勝利やったんやなと思いました。あれを見た時にスポーツ史で今まで奇跡と言われてきたことは、身近な人からしてみたら奇跡やなかったんやなって。長谷川さんの勝利は僕ら毎日見てきたので必然やなと思いました。やっぱりその姿を見てきたというのは僕にとって大きな経験やったので、それがこの前の世界戦で自分自身に生きたかなと思います」

 坂口「すごい」

 久保「あのジムにいて長谷川穂積というボクサーの練習を見ることができるということが普通ではないので。自分が世界戦を12戦目でやったんですけど、『経験もないし絶対に無理や』というのが世間の声でした。だけど僕は心の中では『見てきたものが違う』というのだけはずっと思っていました」

 坂口「自信につながったんですね」

 久保「結果オーライですけどね。でもやっぱり長谷川さんの存在というのは大きいです」

  以下(3)に続く。

  ◇  ◇

 ※1 ボクシングでは通常、試合前日に計量が行われ、これをパスできなければ失格となる。久保の戦うスーパーバンタム級は上限55・3キロ。毎回約7キロ減量する。

 ※2 4月9日にエディオンアリーナ大阪で開催されたWBA世界スーパーバンタム級王座戦。3度目の防衛を目指した王者ネオマール・セルメニョ(ベネズエラ)を戦意喪失の棄権に追い込み、11回5秒TKOで同級8位の久保が王座を奪取した。

 ※3 WBO世界ミニマム級1位の山中竜也。8月27日に芦北町民総合センターで同級王者の福原辰弥(本田フィットネス)に挑戦する。

 ※4 初防衛戦は9月3日に島津アリーナ京都で開催。挑戦者は14連勝中の同級2位ダニエル・ローマン(米国)。

 ※5 真正ジムの先輩。WBCでバンタム級、スーパーバンタム級、フェザー級の世界3階級を制覇。16年12月に現役引退。現デイリースポーツ評論家。

 ※6 16年5月16日、神戸市立中央体育館で行われた同級6位ベンジー・スガノブ(フィリピン)戦。挑戦者の前進をうまくさばけず見せ場を欠く3-0の判定勝利に終わった。

 ※7 WBC世界スーパーバンタム級王者ウーゴ・ルイス(メキシコ)にエディオンアリーナ大阪で挑戦。不利が囁かれる中、長谷川が9回終了TKOで3階級制覇を達成。9回の打ち合いは日本ボクシング史に残る名場面。ラウンド終了後、王者が棄権を申し出た。長谷川は試合前に左拳を骨折していたことを試合後に初めて明かした。

  ◇  ◇

 久保隼(くぼ・しゅん)1990年4月8日、京都市出身。元アマチュアボクサーの父憲次郎さんの影響で中学2年からボクシングを始める。南京都高(現京都広学館高)3年でインターハイ準優勝。東洋大を経て13年5月にプロデビュー。15年12月に東洋太平洋スーパーバンタム級王座を獲得し、2度防衛。17年4月に世界初挑戦でネオマール・セルメニョ(ベネズエラ)を11回TKOで破り、WBA世界スーパーバンタム級王座を獲得。戦績は12戦12勝(9KO)。身長176センチ。左ボクサーファイター。

 坂口佳穂(さかぐち・かほ)1996年3月25日、宮崎県串間市出身。小学1年から中学3年までバレーボール部に所属し、高校時代はダンス部に所属。同時にタレント活動も行い「BSブランチ」(BS-TBS)で「BSブランチガール」を務めた。14年4月に元ビーチバレー日本代表監督の瀬戸山正二氏理事長を務める「川崎ビーチスポーツクラブビーチバレーアカデミー」に入り、ビーチバレー選手として活動を始める。武蔵野大法学部政治学科在学中。今季のジャパンツアーは5位が最高。身長172センチ、体重58キロ。

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