仲雅美 負債と大病を乗り越え50周年~秀樹さんのライバル演じた昭和のアイドル

波瀾(はらん)万丈の人生を歩んだ仲雅美。気がつくと50周年だ=都内
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 1970年代に歌手、俳優としてアイドル的な人気を博した仲雅美が今年、芸能生活50周年を迎えた。一時は芸能界から遠ざかっていたが、67歳にして“第3期”の芸能活動を地道に続けている。

 68年に歌手デビューし、日本映画界の巨匠・木下恵介監督に俳優として抜てきされた71年のTBS系ドラマ「冬の雲」の挿入歌「ポーリュシカ・ポーレ」が大ヒット。71~72年の日本テレビ系「サボテンとマシュマロ」では沖雅也さんの弟役に。芸名や容姿が似ていることから混同されることも多かったが、沖さんからスカーフを誕生日にプレゼントされ、仲はお返しにネクタイを贈るなど仲がよかったという。74年には映画「愛と誠」で西城秀樹さんふんする太賀誠の好敵手・岩清水弘をクールに演じた。

 この17~24歳の昭和40年代を“第1期”とするなら、舞台に打ち込んだ昭和50年代が“第2期”だ。「若いうちに勉強したい」と、脚本家・花登筺さんの劇団に7年間在籍。花登さんの妻(当時)である星由里子さんとも共演した。また、日本舞踊・深水流の名取として、家元の朝丘雪路さんの会でも踊った。

 90年代初め、経営していた映画ビデオの版権会社が倒産。多額の負債を抱えてアルコールにおぼれ、倒れた。「肝不全と腎不全で余命2日」と宣告。52日間も昏睡状態となった大病を克服後、還暦を過ぎて交通誘導警備の仕事をする姿がテレビで紹介されたこともあり、2012年頃から芸能活動を再開した。

 盟友の俳優・小倉一郎とのトークライブ「雅美と一郎」を毎月開催。「ファンの人は僕と同じように年を取って、お孫さんがいる人も多い。お互い、いろんなことがあったけど、楽しさを共有できる時間があってもいいんじゃないかと」。最近の出演作では、7月18日にDVD短編映画「乳首ドリルの逆襲」(河崎実監督)が発売され、来春には映画「鹿沼」が公開予定だ。

 北海道の円山動物園や旭山動物園の初代園長を務めた祖父・中俣充志さんが残した言葉「人生勝負、待ったなし」を心に刻む。「祖父は相撲が好きでね。横綱は不利な体勢でも待ったをせず、相手を受け止めろと。人生もそう。不利な条件も背負っていけよと。負けてもいい、都合のいい条件ばかり望むんじゃないぞと。そういう潔さに共感できる」。負けて学ぶこともある。(デイリースポーツ・北村泰介)

 ◆仲 雅美(なか・まさみ)1950年11月9日、東京都出身。日大農獣医学部中退。68年に遠藤実作詞作曲の「しあわせ呼ぼう」で歌手デビュー。72年には日本テレビ系「家光が行く」で主演し、73年に映画「同棲時代-今日子と次郎-」で由美かおるとW主演。花登さんの劇団時代は79年のNHK朝ドラ「鮎のうた」などに出演。朝丘さんとは舞台「明治一代女」で共演した。今年6月15日放送のNHK BSP「鳴門秘帖」にゲスト出演。

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