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“貴和子に会いに行く”を敢行

「ペコロスの母に会いに行く」で映画女優としての魅力を発揮した原田貴和子
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 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」効果で、80年代アイドルが再評価されている。だが、この方をお忘れではないだろうか。映画『彼のオートバイ、彼女の島』(86年)で鮮烈なデビューを飾り、女優・歌手の原田知世の姉としても知られる原田貴和子(48)。現在公開中の映画『ペコロスの母に会いに行く』の彼女が素晴らしく、角川映画で育った筆者としてはいてもたってもいられず、“貴和子さんに会いに行く”を敢行した。

 「女優業を休んでいた理由ではないのですが、子供がまだまだ手がかかるので子育てを優先していたんです。なので、あまり(仕事で)家を空けたくなくて、選り好みをさせていただいたというか(苦笑)。でも『ペコロスの母に会いに行く』は故郷・長崎から生まれた話であり、岡野雄一さんの原作にとても感動しまして、子供を姉や妹に預けて現場に集中させていただきました。撮影中、一切、子供と会わなかったのは初めてです」

 デビュー当時のはつらつとした印象そのままに、貴和子さんは筆者を真っ直ぐ見据えながら映画への思いを語った。同作品は、頭髪が小型たまねぎ(ペコロス)となったバツイチ・ダメサラリーマンのゆういち(岩松了)が、認知症になった母・みつえ(赤木春恵)を介護する日々をユーモラスに描いたヒューマン・ドラマだ。貴和子さんは、みつえの若き日を演じている。それはあの、原爆が投下された街を生き抜いた長崎女の一代記でもある。

 「両親とみつえさんは同世代。私の父は鹿児島、母は長崎出身なのですが、俳句をたしなむ父がこんな句を詠んだことがあります。『柿をむく妻、原爆を口にせず』。母から原爆の話を聞いていたし、毎年8月9日の午前11時2分には当たり前のように黙とうする身近な事だったのですが、今思えば、母はあまり口に出したくなかった体験なのかもしれません。でも、母がいなければ私は生まれてこなかったし、子供たちも存在しなかった。私たちの次の世代である子供たちには、原爆の話をしなければと思ってます」

 そう毅然と話す貴和子さんと接していると、アル中夫にさいなまされながらも、髪を振り乱して必死に子供を守ろうとした劇中のみつえの姿が重なってくる。それはたくましくも慈悲深い、母親そのもの。原田貴和子という一人の女性が歩んできた時間や経験が、そのまま役に投影されたのだろう。

 「年を重ねて表面的なことは変わってきたと思うけど、今だからできた事、この年齢でしか醸し出せないものはあったと思います」

 せっかくなので、これを機会にもっとスクリーンで貴和子さんを見たいところだが、「演じることに対する欲がもともとないまま生きてきたというのがあるんですね。今回は縁を感じたから」と言い、今度も子育て優先で活動していくという。しかし大林宣彦監督らに鍛えられながら80年代を駆け抜けた貴和子さんの映画愛は健在だ。

 「大人の世界にはいろいろ大変な事もあったと思うけど、でも、映画を愛する人たちが純粋に、一つ一つ丁寧に作品を創っていたと思います。今回の撮影現場も、森崎東監督をはじめとする職人たちが集結し、これは奇跡なんじゃないかと思ったくらい。その現場に立ち会えて本当にうれしかった。私も新人の気持で、すべてを森崎監督に預けて裸のまま(現場に)飛び込んだ感じです」

 本人の意思は別として、恐らく本作をきっかけに出演依頼が殺到すること間違いなし。貴和子さんの第2の女優人生に期待したい。(中山治美)

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