【野球】引退試合の清原和博氏から返されたウイニングボール 書かれていたメッセージに感激した元オリックス近藤一樹さん「見た目のイメージと全然違う」

 近鉄、オリックス、ヤクルトで19年間にわたり先発、中継ぎとして活躍した近藤一樹さん(42)は、オリックス時代の2008年に最終戦でプロ入り初の2桁10勝をマークした。同年の最終戦は10月1日のソフトバンク戦。あの清原和博選手が23年の現役生活に41歳で幕を下ろす引退試合でもあった。世の注目が集まった一戦に近藤さんはどのような心境で臨んだのか。試合後に清原さんの人柄に感動した出来事とは。

 ◇       ◇

 京セラドーム大阪で開催されたソフトバンクとのシーズン最終戦。球場を埋めた3万人超の観客の視線は、4番DHでスタメン出場した清原選手に注がれていた。

 とてつもないシチュエーションで巡ってきたシーズン最終登板に近藤さんの感情は入り乱れていた。

 「あの偉大な先輩、清原さんの引退試合なんです。よっしゃーって思うし、引退試合を壊しちゃいけないなとも思うじゃないですか。しかもこの1試合でシーズンが終わるってタイミングの試合に9勝で臨むんです。相手はソフトバンクさんだし、杉内(俊哉)さんだし、勝てるか分からないなあと思ってました」

 自身初の2ケタ勝利をつかむチャンス。意気込む気持ちはあるものの、これまでにないプレッシャーも感じていた。しかも首脳陣からは「よくても悪くても最後まで投げてもらう」と背中を押されていたという。

 大打者の花道を飾ろうと、チームは一丸となった。ローズが惜別の先制2ランを運び、清原選手は自ら適時二塁打を放つ。近藤さんは強気の投球を繰り広げ5安打1失点完投。杉内投手に投げ勝って10勝目をたぐり寄せた。

 「今思うと、すごいなと思います。今の僕にはなかなかない勝負強さがありましたね。最後のアウトの取り方は覚えてないんですけど」

 近藤さんは当時を思い出して苦笑い。よほどの興奮状態にあったからなのか、二ゴロ併殺で試合の幕を下ろしたことは記憶から飛んでいるというが、その後の出来事は鮮明に脳裏に刻まれている。

 試合が終わり、近藤さんの元にはウイニングボールが返ってきた。

 「引退試合だから、清原さんに渡そうと決めてたんです。自分は来年もあるわけですから。ボールを持っていったら“おお、ありがとう”って受け取ってくれたんです」

 記念ボールを無事にプレゼントすることができホッとした近藤さんは、引退セレモニーが始まる前に登板後のクールダウンに向かおうとしていた。すると、清原選手が呼ぶ声が聞こえてきたという。慌てて行くと、プレゼントしたばかりのウイニングボールを清原選手から手渡されたという。

 「ボールには清原さんのサインが書いてありました。僕が10勝目だったことも知ってくれていて“10勝おめでとう”“目指せ200勝”ってコメントを書いてくれてたんです。うわ~ありがとうございますってなりましたね」

 引退試合という野球人生の大きな節目を迎え、人ごとどころではない状況にあったであろう清原選手が見せた細やかな配慮、優しさ。近藤さんにとってはとてつもないサプライズプレゼントだった。

 05年に巨人を戦力外となった清原選手は、06年からオリックスに加入したが、若手選手らにとっては近寄りがたい特別な存在だったという。

 「ちょっとこう、怖いイメージがあったんで、僕らも余計なことは言えないというか。おはようございます、失礼します、おつかれさまです、ぐらいしか言ったことがなかったんです。でも、見た目のイメージと全然違うなって感じましたね」

 こわもてで鳴らした先輩の人柄に最後に触れることができた。

 清原選手のメッセージが記された10勝記念のウイニングボールは、宝物として今も大切に保管している。

(デイリースポーツ・若林みどり)

 近藤一樹(こんどう・かずき)1983年7月8日生まれ。神奈川県出身。日大三高3年時の夏の甲子園で優勝。2001年度のドラフト7位で近鉄入団。分配ドラフトで05年からオリックスでプレーし、育成契約を経て、16年途中にトレードでヤクルト移籍。18年に最優秀中継ぎ投手のタイトル獲得。20年オフの退団後、四国IL香川でコーチ兼投手として2年間プレーして引退。NPB19年間で347試合に登板、43勝57敗4セーブ、83HP、防御率4・50。現在は野球解説者、立正大立正高野球部など複数校で指導者としても活動中。

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