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【野球】寅年で思う広島カープのトラさんこと西田真二との連日の“昼食会”のこと

 現役時代の西田さん=1989年
 現在は社会人野球・セガサミーの監督を務める西田さん
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 寅(とら)年にトラではあまりにベタな話だが…。寅年になり、広島カープのトラさんこと西田真二(61)=現セガサミー監督=との連日の“昼食会”のことを思い出した。トラさんというあだ名の由来は、故渥美清さんが演じた「フーテンの寅さん」シリーズの主人公である。西田はフーテンの寅さんのようなひょうひょうとした言動も多く、実に愛すべき人間だった。

 昭和の最後の数年間、私は駆け出しのプロ野球記者として広島を担当していた。そのころ住んでいたのは1軍の合宿所から徒歩圏内の西区楠木町のマンションで、近くに確か「染と茶」という名前の喫茶店があった。当時、広島市民球場でナイターがある場合、その店で朝食兼昼食を取るのが日課だった。

 そのころ、西田も近くに住んでおり、同じ喫茶店で朝食兼昼食を取り球場入りする日が大半だったと思う。担当記者と選手、しかも年齢が1歳違いとあって、いつしか同じ席で雑談をすることが当たり前のようになっていた。

 今、思えば不思議な関係だったと思う。担当記者と選手という関係でありながら、お互い野球の話はあまりしたことがない。2人でスポーツ新聞を読みながら雑談ばかりしていた。1番の話題は彼が飼い始めた「小トラ」という名前のペットのことだった。犬だったか猫だったか、種類も今は定かではなくなっている。だが、西田が「トラの子どもだから小トラにしたんですよ」とうれしそうな顔をして話してくれた姿は今も忘れられない。

 そんな西田と野球の話をしたことがある。PL学園時代はエースで4番。法政大時代は外野手として東京六大学リーグで3回の優勝に貢献。ベストナインにも5回選出され、打率・301、11本塁打、47打点の成績を残し、ドラフト1位で広島に入団した選手である。キャンプや日々の打撃練習を見る限り、なぜ、定位置を獲得できないのか不思議でならない選手だった。

 ある日、何かの拍子に「トラ、そろそろ今年はレギュラーポジションを獲得できるだろう?」と聞いたことがある。

 そのときの返答は彼らしかった。「技術的には結構いい線はいっていると思うんですけどね。スタメンで出てもガチガチにはならないし…。でも、試合に出続けているといい意味での緊張感が持続しないですよ」と照れくさそうに笑っていた。

 私は1989(平成元)年、阪神担当となり広島を離れた。当然、西田との“昼食会”もそれを境に当然なくなった。その後は対戦相手チームの担当記者としてグラウンドであいさつをするぐらいとなり、今は顔を合わせる機会さえもなくなってしまった。

 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう前、広島出張の際に昔住んでいたマンションに行ってみた。私の住んでいたマンションはまだあった。だが、天才打者と呼ばれた西田との思い出の「染と茶」はなくなっていた。=敬称略=(デイリースポーツ・今野良彦)

 ◆西田真二(にしだ・しんじ)1960年8月3日生まれ、61歳。和歌山県出身。PL学園のエースで4番として出場した78年夏の甲子園で優勝。法大で外野手に転向し82年度ドラフト1位で広島に入団。13年のプロ生活の通算成績は402安打、44本塁打、226打点、打率・285。現役引退後は広島コーチ、独立リーグの愛媛、香川などの監督を務め、20年からは社会人野球・セガサミーの監督を務めている。左投げ左打ち。

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