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【芸能】阪神・淡路大震災から25年…被災者を癒し、勇気づけた音楽の聖地・チキンジョージ

 港町・神戸で、音楽に携わる者の誰もが愛した看板があった。崩れ落ちた建物と折れ曲がった電柱の向こうで、それはやけに目立って見えた。

 1995年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。ほどなくして、比嘉栄昇、島袋優、上地等の音楽トリオ、BEGINは、すっかりなじみになっていた神戸市のライブハウス「チキンジョージ」を案ずるあまり、がれきを縫って様子を見に訪れていた。

 「入り口の看板だけがドンと残って、それがものすごく強烈で、あとはがれきみたいになってて、ホントに看板しか残ってないから、ボコンって」

 最大の繁華街、中央区三宮も震度7の激震に見舞われて壊滅的な被害を受け、日本中のアーティストが目指した名店、チキンジョージも全壊していた。

 内田裕也、シャネルズ(ラッツ&スター)、安全地帯、杏里、ハウンド・ドッグ、やしきたかじん、BOOWY、レベッカ、爆風スランプ、米米CLUB、聖飢魔II、プリンセス・プリンセス、東京スカパラダイスオーケストラ、エレファントカシマシ、ブランキー・ジェット・シティ、シャ乱Q、ウルフルズ…。

 日本中の、いや、世界中のアーティストがステージを踏んだ聖地が、無残な姿をさらしていた。

 チキンジョージを創業し、現在も経営する児島三兄弟の長兄・進(59)も、絶望的な光景を見ていた。

 「みんな、ゴジラが踏んどった街みたいになっとった」

 BEGINが全壊したチキンジョージをなすすべもなく見つめていたところに、進が偶然、通りかかった。大きな災害が起こると自粛ムードが広がるものだが、進は意に介さず「お前ら、そういう時こそ神戸でお金使え」とBEGINに説いた。4人は「屋台みたいなとこに飲みに行って、すごくチキンジョージのことを話していた」(BEGIN)という。

 すぐに再建を考えられるような状況でもなかった。

 神戸市北区の鈴蘭台にあった児島家は、水道がすぐ通じ、プロパンガスだったためガスも止まらず、家を失った被災者を「4家族ぐらい」(進)受け入れた。被災者への風呂の解放や水の提供にも努めた。

 「毎晩毎晩よう風呂入りに色んな人が来よったもんな。水道代ごっついなみたいな話で。病院に水持って行ったりしたもんな。『住所と名前書いてください』、『いや、そんなもん、月光仮面』って」(進)

 神戸市民は、生きるのに必死だった。

 チキンジョージは80年9月に開店した。兄弟の父親が経営するキャバレー「ニューエンペラー」の2階に間借りした。進は大学生、次男・勝(57)は高三、三男・憲次郎(55)は高一という常識外の若さ。81年5月30日にバンド「Johnny,Louis&Char」として初出演したギタリストのCharに「子供がやってんのか!」と驚かれたという。

 当初はレコードをBGMにするパブのような形態で、関西学院大学の軽音学部にいたアマチュア時代の大江千里もバンドで出演している。

 間もなくライブハウスに衣替えした。

 初のライブは音楽ではなく当時、漫才ブームをけん引していたB&Bだった。音楽以外にも門戸を開く姿勢は今も続き、99年11月12日にはボクシングの名王者だった長谷川穂積のデビュー戦が行われている。初年度の詳細なデータは震災で失われたが、最初の音楽ライブは葛城ユキだったという。

 経営は当初、低空飛行が続いたが、情報誌にライブハウス情報が掲載されるようになり、人気テレビ番組「ザ・ベストテン」でライブハウスからの中継が行われるなど、ライブハウスへの追い風が吹き始めた。

 間もなくフュージョンブームが到来し、経営は軌道に乗る。当時からの常連であるT-SQUARE(当時はTHE SQUARE)の安藤正容が「東京六本木のPit Innと、神戸チキンジョージでスクエアは育ちました」と言うように、出演者とチキンジョージは競い合うように成長していった。

 93年11月20日、ライブハウス一本で新装開店。経営面では絶頂期を迎える。

 「このまま続いたら、こらえらいこっちゃでって思うとった」(進)

 既に国内でも指折りのライブハウスになっており、内外の大物が続々と出演。チキンのステータスについて、大阪出身のギタリスト・押尾コータローは「憧れの聖地」だと説明し、「いつかはチキンジョージでやりたかった」と明かした。

 しかし、「世の中そんなに甘あない。年明けたら震災が来た。全壊」(進)

 憧れの聖地は、廃墟となった。

 全壊したチキンジョージを前に、勝は「兄貴、どうせ建物古いし、ライブハウスやるかやれへんかは別として、こういうのをずっと世間に見せておくのは不細工やから」と、進に解体を進言した。

 進は生々しく解体を振り返った。

 「路面のキャタピラのヤツがガラガラガラガラ来て、アスファルトぐっしゃぐしゃにするわ。片っ端から壊してもらって、2日ぐらいで更地になって。『ウチとこのビルって段ボールで作っとんかな?』って思うぐらい、ペシャンコにつぶれていくわけや」

 音楽好きが皆、愛した聖地は、あっけなく地上から姿を消したかに見えた。キャバレー時代からのステージの、頑丈なコンクリートの土台だけが、解体費用の問題で残されていた。チキンジョージの土台は、失われていなかった。

 5月4日、常連の憂歌団を招いて、「震災歌絵巻 青空生聞ライブ」を決行した。残っていた土台をステージに見立てていた。

 「300人ぐらい来てくれたんちゃうかな。皆地べたに座りながら」(進)

 囲いの外にも大勢の人々が詰めかけていた。震災から4カ月近くが経過し、皆、音楽を強く求めていた。末弟の憲次郎が、笑顔で懐かしむ。

 「隙間ぐらいから見て、音じゃじゃ漏れやから、みんな聴いてんねん」

 がれきに埋もれた街に、再び音楽のエネルギーが満ちていった。

 「12月にチキン、オープンします!」

 集まった人々を目の当たりにした進は、前説で思わず宣言してしまった。

 何も決まっていない。

 進本人は言った記憶がない。

 「ホンマにやるんですか?」、「今チキン12月にオープンするって、復活するって言うたじゃないですか!」と色めき立つスタッフに、進は「俺そんなこと言うたっけ?」と戸惑った。何かが進に言わせたのだが、それは集まった人々の思いだったのか、それとも音楽の神様だったのか。

 そこからは勝を中心に、資金集めに奔走した。金融機関詣で以外にも、建物の設計、アーティストのブッキングなど、仕事は山積みだった。

 金融機関からの融資以外にも、資金の工面に知恵を絞った。チケットを販売する業者を使わず、自前で前売りの事務所を作って、前売り券をさばいた金を建設費にあてた。

 「『それ(前売りの金)建築費に回したら、当日のギャラどないすんねん?』、『そんなもん、当日になったら当日の話やろ!』みたいな」(進)

 進は、自ら期限を切ったことが原動力になったという。

 「何キロ走ってエエか分からんマラソンっていうよりも、ゴールがあるっていうの分かったら動けんねんな。12月やるって言ったんやったら、逆算していって何をいつまでにせなアカンっていうのが」

 12月1日、チキンジョージはよみがえった。「限りなく仮設に近い本設っていうのが。作った時みんなに『仮設か仮設か』って言われた。アレは外、音ダダ漏れやったな。」(進)という普請ではあったが、進の宣言通り、神戸に音楽の聖地が復活したのだ。

 再開当日の出演者は、93年11月の新装開店の月にも、青空ライブにも、95年7月22日に跡地で開催された「新春歌絵巻」にも出演した憂歌団だった。再開後のライブは「全部パンパン」(勝)になった。被災者は音楽に飢えていた。

 この月の21~25日に恒例の連続ライブを行ったT-SQUAREの安藤は「まかり間違えばスクエアのライブ中に起きても不思議ではなかった震災。それを考えると恐ろしくなります」と、震災が人ごとではなかった出演者の心情を明かし、再建を「そんな気持ちを吹き飛ばすかのよう」だったと振り返る。

 開店当初にカシオペアのドラマーとして初出演し、現在もソロなどでチキンに出演している神保彰は「震災の時、あの三宮界隈っててひどくやられて、ホントにこれ、チキンジョージどうなってしまうんだろうと思った時期もあった」と、再開を危ぶんだことを打ち明け、「見事に再生しましたんで、そういうスタッフの不屈の精神はもう尊敬しますね」と復興に最敬礼した。

 海外のアーティストにも支援の動きは広がっていた。

 翌96年1月22日、米国のハードロックバンド「Mr.BIG」が、復活したチキンジョージでチャリティーのアコースティックライブを行った。FM802が主催し、400組800人の招待に約1万通もの応募があったという。

 バンドは30分の予定を大幅にオーバーする1時間のフルセットを熱演し、後日、チキンジョージにゴールドディスクを贈呈。被災地と被災者への連帯を示した。Mr.BIGは2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、復興支援に尽力している。

 再建されたチキンジョージで奏でられた音楽は、被災者の悲しみを癒やし、復興への後押しになったが、進は必ずしも出演者から被災者への一方通行ではなかったと言う。

 「あの年なんかはね、(アーティストが)みんなを元気づけに来ようっていう部分で来たつもりが、お客さんがエンターテインメントとか音楽に飢えとるから、お客さんの盛り上がりがすごいねんな。だから、出演者の人たちが逆に元気もろうたり、いうふうに、帰られたミュージシャン、打ち上げの時とかよう言うてはったわ」

 出演者もまた、被災者から大きな力を受け取っていた。東日本大震災でクローズアップされた「絆」が、この時も結ばれていたのだった。

 地元・神戸にとっても、アーティストにとっても、なぜチキンジョージはかけがえのない存在なのか。19年11月19日に単独ライブを行ったお笑いコンビ、尼神インターの誠子は神戸出身で、中2の時、初めて見た音楽ライブの会場がチキンジョージだった。

 「そこからライブハウスや音楽にハマって聴くようになって、すごいいい思い出がライブハウスにある」

 神戸っ子にとって、チキンジョージは音楽と出会い、成長していく場だった。単独ライブを終えて「地元の友達とかも『ようできたな、あのチキンジョージで』って驚いてまして。一緒に初めて行った友達も来てくれて『まさか一緒に行ったステージに誠子が立てるなんて夢みたいやな』って喜んでくれて」という、地元ならではの反応があったという。

 誠子は出演者だから分かる魅力も証言する。

 「お客さんが楽しんでくれているのが舞台上にいてすごく伝わって。音響が全然違いますし、生演奏でバンドもやらせてもらって、めちゃくちゃ気持ち良かった。照明も半端なかった。照明での盛り上げ方も分かってらして、リハから気分上げてくれるリハでした。温かくて、一番単独で盛り上がったライブでした」

 尼崎出身の相方・渚も、予備知識こそなかったが、プロフェッショナルな姿勢に感銘を受けたという。

 「(お笑いの)劇場のスタッフさんはすごく真剣に演者のことを考えて、どういうふうにしたら盛り上がるか考えてくれるねんけど、そこの思いは一緒なんやな」

 BEGINは客席にいたメンバー2人が上田正樹によってステージに上げられたのが“デビュー”。常連となり、多くの出会いを得た。

 「憧れていたミュージシャンに、こんな近くに出会うことができた場所で、音楽に対する気持ちとか姿勢をはっきり見せてくれた場所だった」

 児島三兄弟とスタッフの個性も、アーティストを引きつけている。

 「ライブハウスのオーナーと、こんなにミュージシャンが近いっていうのは、チキンジョージならではだと思う」(BEGIN)

 「オーナーの人柄がお店のムードを作り出すという事です。そのムードに惹かれた出演者、お客さん達がその店に定着し、お店の個性を作り上げていきます。チキンジョージは神戸三ノ宮という街とコジマススムで出来ています」(安藤)

 「3人の兄弟とスタッフの面白さですね。アーティストの気持ちがすごく分かるライブハウス」(シンガー・ソングライターの伊藤銀次)

 そんなチキンジョージだからこそ、再建の喜びは大きなものだった。

 現在のチキンジョージは08年に新規オープンした5代目だ。05年11月に発覚した耐震強度偽装事件の影響で工程が延びるハプニングもあったが、08年5月1日、新装開店にこぎ着けた。

 震災の子とも言える4代目チキンジョージは、05年の大みそかの年越しライブをもって幕を下ろした。再建から10年がたっていた。

 2020年は阪神・淡路大震災から25周年、チキンジョージ開店から40周年を迎える節目の年である。

 阪神・淡路大震災の後も、日本列島は絶え間なく大きな地震に襲われてきた。21世紀に入ってからも、十勝沖地震、新潟県中越地震、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震などが発生。また、昨年の台風15、19号など、豪雨が甚大な被害をもたらすことが近年、続いている。

 25年前、阪神・淡路大震災という未曾有の危機に直面した神戸で、チキンジョージは音楽の力を示した。25年という長い歳月こそ経過したが、チキンジョージと神戸の街の復興は、今もなお「音楽だからこそ、被災者の、被災地の力になれる」という可能性を示しているのではないだろうか。実際、大きな自然災害が起こる度に、音楽、ひいてはエンターテインメントの持つ力がクローズアップされてきた。

 18年12月3日、「NHK紅白歌合戦」初出場を目前に控えたシンガー・ソングライターのあいみょんが出演した。若年層のカリスマの登場に、チキンジョージは「いつもと違う若い面々で満員」(スタッフ)になった。進は時代の流れを痛感したという。

 「お好み焼き屋にスケジュールぱっぱ貼ったら、そこに来るまだ大学生の若い男の子が『え!?チキン、あいみょん来るんですか!?チキンすごいんですね!』。なんだこら?みたいな。すごいですねっていう、評価される基準が全然違うからな」

 出演者にも観客にも、新しい世代が着実に育っている。その中から、危機にひんした人々を癒やし、力づける音楽も、きっと生まれてくるだろう。あの阪神・淡路大震災からも復興したチキンジョージと、神戸の街なら。(デイリースポーツ・藤沢浩之)

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