兄は千葉真一さん、木こりに転身した「仮面ライダー」 変身しなかったヒーローの人生 引退後初の自伝出版
1971年にスタートした特撮ドラマ「仮面ライダー」で生身のヒーローとして人気を博した77歳の元俳優が、自身の半生を綴った初の著書「千葉治郎 変身しなかった男の物語」(立東舎)を25日に出版する。著者名の前⽥満穂は、その役を演じた千葉治郎の本名。82年の俳優引退後は会社経営を経て「⽊こり」に転⾝し、現在は千葉県内で自ら企画した児童向けアウトドア体験施設を運営する千葉が、よろず~ニュースの取材に対し、自然と向き合う日々や近況を語った。
千葉は「仮⾯ライダー」でFBI特命捜査官の滝和也を演じた。変身しない人間として悪の秘密組織「ショッカー」の戦闘員を相手に戦い、10歳上の国際的なスター俳優だった兄・千葉真一さん(2021年死去、享年82、本名・前田禎穂)譲りの本格アクションでインパクトを残した。その後も数々のテレビドラマや映画に出演したが、82年に俳優を引退し、表舞台から姿を消した。
それから44年、喜寿を迎えた千葉が沈黙を破って初の自伝を世に出す。「考えてもみませんでした。このまま普通の田舎のお爺さんで終わるつもりでしたから。芸能界は過去のこと。若気の至りみたいなところもありました」。東京から故郷の千葉に戻って森林で働き、倒木などで何度も命の危険にさらされながら家族を支えた。60歳の時、木の下敷きになって左足を粉砕骨折。一線から退き、2011年から千葉・袖ケ浦市のテーマパーク「東京ドイツ村」内で「ジージの森」を運営する。木にぶら下げたブランコ、滑り台など遊具の全てを自ら作成し、子どもたちに自然の中で遊びを伝える“ジージ”として活動している。
「子どもがね、『お母さん、木に登ってもいい?』って聞くんですよ。『そういう時代か…』と思いましてね。子どもは木があったら登ったんです、昔は…。いろんな遊びを自分たちで考え出していったんだけど、今の子たちは自分で考えない。これじゃ、まずいと思って、昔、自分が遊んだものを提供しようと。木からロープをぶら下げただけのブランコとか、穴を掘って作った池にザリガニを放したり、登るだけのガケとか、そういうコーナーを作って、結構、ウケたんですよ。それで15年が経ちました」
その現場に“昭和の子どもたち”もやって来た。「私のことをずっと見ている“おじさん”のお客さんがいるな…と思ったら、こちらに近付いてきて『サインしてください』と。『えっ…』と驚きつつ、最初は『覚えてくれているんだな』と思うくらいだったんですけど、それがだんだん増えてきた。私も意識してなかったのに意識するようになってきたんです」。著書に「千葉治郎という俳優はもう存在しない」と綴った本人の思いとは相反し、55年を経た今も、ブラウン管の前で熱中した当時の少年たちが「滝和也=千葉治郎」を忘れず、さらに過去作品を視聴できる環境が多様化した昨今、後追い世代の関心も高まっている。
2年4か月後には80歳になる。「先日も『前田さん、竹を切って欲しいです』と頼まれ、チェンソーでパッパッパと130本も切ると『とても後期高齢者とは思えない』と言われ、調子に乗って、手足がつって次の日は動けない(笑)。木には登れなくなるし、そろそろ引退を考えています。うちの次男坊が買った近くの山で木や竹を切ったりしながら(新たに)遊べる所を作っていて、そこでキャンブしたり、たき火ができるようにしていきたいなと」。役者時代よりもずっと長い時間を木こりとして生きてきた。「良かったと思います。本当にね、こんな晩年を過ごせるとは思ってなかったし、今が一番、幸せというのかな」と実感を込めた。
座右の銘は「雑草花微風」(ざっぱなびふう)。「雑草花と書いて『ざっぱな』。地元のおばあちゃんたちがそう呼んでいるんです。その読み方いいな…と。微風は『そよかぜ』。雑草の花がそよ風に揺れていて、誰にも見られないで散っていく。それでも、けなげに咲いているわけですよ。こういう生き方がいいなと。だから、今回の本も(著者名を)『雑草花微風』にしたかった。『誰、この人?』みたいな。(スタッフに)『よしなさい!』と言われましたけど(笑)」
だが、周囲は放っておかない。27 ⽇には東京・九段下の科学技術館で開催されるイベント「スーパーフェスティバル95」に出演。10月に都内で予定されるトークショーの前売券も即日完売した。俳優復帰を期待する声もあるが、「役者はないです。ただ、裏方として、演出をやってみたいという思いはありますけど、あと10(歳)若ければ…という感じですね」。言葉を選び、沈黙も挟みながら、朴とつに答える姿に“芸能人”の華やかさはない。自然の中で原点に帰り、再びファンの前に戻ってきた「雑草花微風」の生き様がそこにあった。
(デイリースポーツ/よろず~ニュース・北村 泰介)
