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母を追いかけ…大阪劇場で活躍した父

 関西とのつながりも深い、初代三波伸介(三波家提供)
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 親父と関西。三波伸介と言うと東京喜劇のイメージだが、関西とのつながりも深い。東京で爆発的に売れる前は、大阪にいたのだ。初代・三波伸介夫人、つまり私の母親のことだが…母は当時、浅草ロック座のナンバーワンの踊り子だった。今でも俺は浅草で「三波伸介の息子」と言われるより「河井洋子の息子」と言われることの方が多い。あっ、河井洋子と言うのがお袋の芸名です。

 親父がなぜ、大阪で活躍することになったのか?それは、お袋が大阪の劇場に移るうわさが出たからだ。つまり親父はお袋目当てに大阪に行ったのだ。と言って、この当時、親父とお袋は夫婦ではない。ましてや付き合ってもいない。親父の一方的な片思いだったのだ。お袋が大阪に移動する前に、先回りして大阪に来ていたというわけだ。親父は、先に大阪に来ていた玉川良一さんやWけんじの東けんじさんと合流して大阪劇場専属となる。

 子供の頃、まだ遠かったイメージの大阪だったが、中田ダイマル・ラケット、夢路いとし・喜味こいし、若井はんじ・けんじらの師匠たちが上京されると、親父はものすごく親しいところ見せてくれた。親父に「知ってるの?」と聞くと「お父さん、昔、大阪にいたんだよ。その頃から友人なんだ」と教えてくれた。

 松竹新喜劇の小島慶四郎さんに言われたことがある。「二十代の頃、君の親父と一緒やったんや。君、お父さんの若い頃に似てきたなぁ」。大阪の青春時代は華々しかったようだ。大阪劇場では順調に人気が出て、大阪のテレビ局でもレギュラーができて、いよいよ売り出す時に、突然大阪から消えた親父。大阪のプロダクションが多額の契約金や家屋敷を用意して親父の獲得に動いているというのに。目の前に栄光とそして金銭的余裕がブラ下がっているというのに…。

 親父に聞いたことがある。なぜ、東京に帰ったのか?「だってママが、大阪の劇場辞めて東京に帰るって言うから、一緒に汽車に乗って帰ってきた」。それが理由か!オツカレ!

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