脱ぐ脱がないを越えた素敵な作品に感謝

 猫には洋服を着せたがる飼い主があまりいないのもネコ好きの特徴でしょうか。ありのままの姿が美しいのが猫の魅力でもあります。本来は人間もそうありたいのですが、現代を生きる私たちに、それは許されません。私は10代の時に篠山紀信さんにヌード写真集を撮って頂き、世間に衝撃を与えたとよく言われます。今見ると、なんともあどけなく、あまりにあっけらかんとした脱ぎっぷりに色気は微塵(みじん)もありませんが、私にとって宝物の時代が作品となり残っていることをうれしく思います。

 スウェーデン出身で、オープンだと周りが思ってくれたのも助かりました。しかし、この写真集をきっかけに、映画での仕事も大胆な役柄が増えて、20代前半から30歳にかけては苦しい想いも味わいました。そんな中、素晴らしい作品にも恵まれます。

 初主演映画となった東陽一監督の「うれしはずかし物語」(1988年)は寺田農さんと愛人関係を結ぶ、ちょっと不思議な女の子の役でした。ほとんどを1シーン1カットの長回しで撮影した印象深い作品です。

 「天使のはらわた 赤い閃光」(94年)では根津甚八さんを相手に、同シリーズの核となる女性「名美」を演じました。10数日間、睡眠時間は1日1時間くらい。仮眠も取れない石井隆監督とカメラマンと私の3人のうち、誰が先に寝るかを心の中で競い、監督とカメラマンがうとうとし始めたのを見て「よし勝った!」と思ったり(笑)。現場は色気よりも体力勝負でした。

 私が全裸で人を包丁で刺すシーンでは、原作者で漫画家でもある石井監督が返り血にこだわられ、なかなかOKが出ません。NGでやり直す度にシャワーを浴びて髪の毛を洗ってブローし、もう1回裸になって…を夜中に4、5回は繰り返しました。もう裸のまま、スタッフの目を気にする余裕もなく、狭い一室で、シャワー室と撮影現場を往復していました。

 「極道記者」(93年)で知り合った望月六郎監督とは、「でべそdeストリップ」(96年)で片岡鶴太郎さんをお相手に、私は昭和を生きたストリッパー役を演じています。この「でべそ」で、日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞をいただきました。ロマンチストである望月監督の憧れを体現したような、男性を包み込みながらも自立した女性像でした。

 当時は脱ぐ脱がないばかりが取り上げられることに悩みを抱えたこともありましたが、今振り返ると素敵な監督と作品に恵まれた事に感謝の時代です。

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