難波弘之デビュー50周年 「かっこいいロックじじい」目指して バズって自覚した音楽の新たな魅力

 キーボード奏者、プログレッシブ・ロックの第一人者で、山下達郎のサポートからジャズ、ゲーム音楽など幅広いジャンルで活躍している難波弘之(73)が今年でデビュー50周年を迎え、今夏、キングレコードとソニー・ミュージックレーベルズからベストアルバム「夏への扉」と「シルバーグレイの街」をリリースした。今回はそれぞれ世界的に人気のJフュージョン、シティポップ色の濃い選曲とした背景や、デビューから半世紀を経た現在の心境を難波が語る。

 難波は「鳴瀬に声をかけられてなかったらミュージシャンになってなかったかもしれない」と言う。学習院大を卒業するも就活を全くせず「非常に不安だった」時に鳴瀬喜博(現カシオペア)から誘われて1974年の金子マリ&バックス・バニー結成に参加し、76年にデビューした。

 それから50年、記念のベスト盤ではプログレのパブリックイメージを離れ、Jフュージョンとシティポップをコンセプトに据えた。50年近く山下をサポートする難波は、山下がMCで、シティポップが海外で流行していることを話すのを「人ごとみたいに聞いてた」が、自分の身にもそれを実感する出来事が続く。

 (1)難波の曲もYouTubeで再生回数が上昇(2)間宮貴子に書いた「真夜中のジョーク」(82年)が再生回数を重ね、タワーレコードがCD化(3)難波の曲がタワレコのコンピ入り(4)難波の曲が韓国人の書いたJポップ本に選出(5)海外の若者からLPにサインを求められた(6)日本の若者から12インチシングルに(以下同)

 そんな事象に驚きつつ「そういう切り口で曲を集めてみるのも面白いかなと思って。マスタリングの時につなげて聴いたらけっこう新鮮で、普通の曲書けてるな、けっこういい歌もの書いてるじゃんとか思いましたね」と、自らの音楽の新たな魅力を自覚した。

 例えばソニー盤のソロ曲「パーティ・トゥナイト」(81年)や「シルバーグレイの街」(同)は当時、山下のレーベルに移籍し「時代に即したモダンでポップなプログレ」をやるべく彼のバンドでレコーディング。「達郎バンドの音あいにかなり似て」いて、「若い人が聴いてくれるのも分かる感じがあって、われながらいい感じでできてる」と首肯する名曲だ。

 キング盤のソロやセンス・オブ・ワンダー、野獣王国といったバンドの楽曲は同じく海外で人気のJフュージョンの要素が濃い。難波は新しい切り口を若い世代や外国人が発見していく傾向を「面白い」と喜んだ。

 難波は先月、73歳になった。今も東京音楽大客員教授として教え「孫ぐらい離れてる子とできるのが面白い」と、孫世代から力を得ている。

 40周年の本紙インタビューでは内田裕也さんやムッシュかまやつさんを理想像に挙げていたことを聞くと、難波は「かっこいいロックジジイ」と笑い、「できるだけ長く元気で意識がはっきりしていれば、高校生と同じ気分のままいけるのかな」と意欲的だった。

 ◆難波弘之(なんば・ひろゆき)1953年9月9日生まれ、東京都出身。74年、金子マリ&バックス・バニー結成に参加。79年、初ソロアルバム「センス・オブ・ワンダー」発表。センス・オブ・ワンダー、野獣王国などの多くのバンド、ユニットで活動。山下達郎を長くサポートしている。89年、TBS「イカすバンド天国」審査員。96年、NHK連続テレビ小説「ひまわり」の音楽を担当。2012年、東京音楽大教授就任。著書に「飛行船の上のシンセサイザー弾き」など。

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