青木さやか、毒舌時代は「楽屋で泣いて出てこない子もいた」の恐怖 光浦靖子の言葉だけが「救いだった」
タレントの青木さやかが3日、YouTube「納言幸のやさぐれ酒場」で、毒舌キャラで鳴らした頃の舞台裏を明かした。
青木はロンドンハーツなどで毒舌キャラで大ブレークしたが、当時の雰囲気について「ピリピリしてたなぁ」と苦笑い。「皆がどう思っていたかは分からないけど、私が言ったことで楽屋から泣いて出てこられない方がいて。マネジャーが謝りに行ってくれって言われて、いやいや私だって傷ついたんだから謝りたくないとか言って。でもプロデューサーが困ってるから謝りに行ってって。ごめんねって楽屋に行ったけど、ドアを開けてもらえなかったとか」とコメント。薄幸も「サラッと言ってるけどすごい話」と苦笑いだ。
「休憩で女子トイレで『フンッ』とかもあったし、多分私もやってたし」と女子同士のいざこざはあったとし「今考えたら、うーん、どうだろうな、やっぱり…うーん、うーん」と唸った後「100万円ぐらい欲しかった」と本音をポロリ。
「後が大変だったから。私生活が。割りがちょっと合わないと思う事はあった」とし「街で酔っぱらったおじさんが『熊田曜子をいじめやがって』とかもあったし、モテなくもなったし。誰が付き合いたい(と思う?)というのは、今考えると思うな」と苦笑。
そんな時は「光浦(靖子)さんの言葉だけが救いだった。『青木は偉いよ、嫌われ役を買って出てるんだもん。本当に偉いよ』って言われて泣いて、次の日また頑張るみたいな」と、先輩の言葉を胸に頑張ったことなどを振り返っていた。
