【豊臣兄弟】本能寺まで2年→現状、明智より信長を恨んでいる人物 なぜか2カ月近く出番なしも 秀吉播磨攻めの裏で→信長憎む残酷事件が発生
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は次回6月28日の第25回「変事の予兆」から本能寺編を迎える。1582年、明智光秀(要潤)による本能寺事変まで残り2年。戦国最大の謎とされる事変の動機や黒幕の存在は、どう描かれるのか。
予告では安土城が完成した祝宴で、織田信長(小栗旬)が長老格の重臣たちを理不尽な形で追放し、不穏な空気が漂い始める。
今のところ光秀は、信長が将軍足利義昭(尾上右近)を追放した件で、複雑な火種を持っているところまでが描かれている。
一方で三方ヶ原合戦(1573年)の敗走シーンが最後だったか、かれこれ約2カ月近く、突然出番がなくなっているのが徳川家康(松下洸平)。重臣石川数正(迫田孝也)とのコンビで、昔から信長の存在を煙たがっており、隙あらば信長の寝首をかきかねないキャラが描かれてきたが…。
最近はドラマ本編が羽柴家と播磨攻略にスポットが当たり、美濃から東国側の事件などは割愛。このため徳川最大の悲劇とされる正妻築山殿と嫡男信康の粛清を余儀なくされた事件(1579年)も現状触れられていない。
1580年時点では、信長に最も大きな恨みを持っているのは家康と目されるが…。
武田勝頼が未登場のため天目山と武田滅亡も詳細には描かれなさそうだが、家康が本能寺直前の安土城饗応までには復帰すると目される。
また3月に1回姿だけ登場した長宗我部元親(磯部寛之)も、その後は出番がないまま。
信長が長宗我部に約束していた四国安堵を撤回して対立し、長宗我部との交渉を担って良好関係にあった明智光秀が板挟みになったとも伝わり、織田の四国討伐を阻止するために謀反を起こしたとの説もある。
