ニュース番組の革命児 久米さん語録「私は辞めてもニュースステーションは続きます」「辛かったのは、いつ終わるか分からなかったこと」

 アナウンサー、キャスターとして、TBS系の音楽番組「ザ・ベストテン」やテレビ朝日系の報道番組「ニュースステーション」などで人気を博した久米宏(くめ・ひろし)さんが、肺がんのため1日に死去していたことが13日、分かった。81歳。埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。所属事務所「オフィス・トゥー・ワン」が発表した。バラエティー番組での軽快なトークに加え、報道番組での歯に衣着せぬ政権批判で、お茶の間の大きな支持を獲得した。

 以下、久米さんの語録。

 ▽1981・9・16 「多くの人に迷惑をかけ、いくらわびても足りないくらい」「妻はつらい立場に立たされ、ほんとにすまないことをしたと思っています」(スキャンダルを受けて休養後、「おしゃれ」収録時に取材対応)

 ▽85・4・16 「長年に渡る生放送の緊張から解き放されて、しばらく休養したい」(「ザ・ベストテン」降板にあたって)

 ▽85・7・29 「まだそれは提示されていない。どうせ税金で持っていかれますから」(「ニュースステーション」制作発表で、契約金2億円報道に)

 ▽89・11・3 「こんなに悔しい思いをしたのは初めて」(巨人が日本一になったら徳光和夫の番組でバンザイをすると公約し、「ニュースプラス1」で実行。番組最高視聴率を記録)

 ▽99・9・28 「私は辞めてもニュースステーションは続きます」(番組内で降板を示唆)

 ▽2003・8・26 「これはいわゆる引退かなって自分で思った」(「ニュースステーション」降板会見で)

 ▽04・1・22 「阪神の監督は日本で3本の指に入る難しい仕事」(「ニュースステーション」で岡田彰布監督に対し)

 ▽04・3・26 「小学校から通知表には、“持続性がない、協調性がない、落ち着きがない”と書かれ続けたが、先生、18年間、続けましたよ」「どんな仕事にも苦労はある中で、私が辛かったのは、いつ終わるか分からなかったこと。大変なプレッシャーでした」(「ニュースステーション」最終回)

 ▽04・8・31 「60歳でリセットボタンが押されたと考えており、“リセットした久米宏”が、原点のラジオで何ができるのか?今考えています」(19年ぶりのラジオ本格復帰にあたり)

 ▽04・9・20 「早く引っ込んだ方がいい。もう辞めた、って言ったんだから辞めた方がいい」(復帰会見で巨人の渡辺恒雄前オーナーを批判)「昨日、一昨日と、呼吸がおかしくなって吐き気と恐怖に襲われた」(19年ぶりのラジオ出演で)

 ▽05・2・1 「今までにない番組を作りたい。やってみてダメならすぐに辞めたい」(日本テレビでレギュラー番組を持つことになり記者会見)

 ▽08・11・8 「僕がトップ下で筑紫さんがサイドバック。後ろで守ってくれていて、たまにオーバーラップしてゴールしてくれる感じ。僕がかなり乱暴なことを言っても、筑紫さんがフォローしてくれる安心感があった」(筑紫哲也さんの訃報を受けて)

 ▽13・12・9 「日本は先進国の中で一番、女性の社会への参加が遅れている。100年がたっても、追いつかないのでは」(BS民放5局「久米宏の『ニッポン百年物語』」制作発表で)

 ▽14・12・16 「僕はこれで終わり。70で一区切りというつもり」(BS民放5局「久米宏・未来への伝言~ニッポン100年物語~」制作発表で)

 ▽16・8・30 「46年間、先生と思ってお付き合いしてきました。死ぬのは怖くないという気持ちをいただいた気がして、感謝しています」(永六輔さんのお別れの会で)

 ▽16・9・10 「生きていて良かったと、心から思いました」(広島の25年ぶりセ・リーグ優勝に)

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