宮川彬良氏 偉大な父・宮川泰さんは「天才とはちょっと違う大天才」国民的ヒットを送り出した音楽の巨人
終戦から80年を迎えた今夏、戦後ポップスを代表する作曲家で編曲家、タレントなどとしても活躍した宮川泰さん(1931~2006)の業績を5枚組CDボックスにまとめた「宮川泰 ヒットパレード」がリリースされた。ザ・ピーナッツの数々のヒット曲やアニメ「宇宙戦艦ヤマト」のテーマ曲などの国民的ヒットを世に送り出した音楽の巨人について、長男で作曲家の宮川彬良氏が、父親の偉業に対する考察や父親の思い出などを語った。
彬良氏は「内容としてはやっぱりディスク1に尽きる」と断言した。
その通り、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」「ウナ・セラ・ディ東京」、園まりさんの「逢いたくて逢いたくて」など。きら星のごとき名曲、ヒット曲が並ぶ。泰さんがいなければ、Jポップの歴史は変わっていたと思えるほどだ。
彬良氏は「宮川泰が初々しかった時代。手あかがついていなくて、キャンバスが白い感じですよね。用意してきたことが一気によどみなく花開いたのが分かる」と言う。
ディスク2以降も沢田研二「君をのせて」、ハナ肇とクレージー・キャッツ「アッと驚く為五郎」、ささきいさお「宇宙戦艦ヤマト」などの名曲、ヒット曲が続く。彬良氏は泰さんを「そんじょそこらの天才とはちょっと違う大天才」とした。
泰さんの洗練されていて、時にユーモラスな音楽性はどこから来たのか。彬良氏はジャズブームのさなかに「渡辺晋とシックス・ジョーズ」に泰さんがピアニストとして加わったことで「ジャズブームの、ジャズミュージシャンの社会が彼の音大だったのかな」、「音の構造に彼は興味があった。ドレミファソラシドしかない材料でこんな面白いものができるんだよというのが彼の中心にあった。これがこうつながるとこういう気持ちになるとか、そういうことが無性に愉快だったんでしょうね」と推察する。
また、「(渡辺プロを創業した)渡辺晋さんと(宇宙戦艦ヤマトの)西崎義展さんっていう二大プロデューサー、そういう人と組んでる時に名作が生まれているんじゃないですかね。日本テレビで言えば秋元近史さんとか、後世に残るような名プロデューサーと組んでいる時に、彼らを楽しませようとしているわけじゃないですか」とも指摘した。
家で見る泰さんの姿に、彬良氏は大きな影響を受けたという。
「机に向かって口笛を吹きながら譜面をずーっと書いている。それがある時刻になると『おい出かけるぞ』って言って、車が横付けになる。その夜テレビをつけると『シャボン玉ホリデー』が始まって、ピアノ弾いて映ってるわけですね。カッコ良くやっている。僕は特等席で裏方の面白さを見ていた。それが一番影響を受けた部分で、謎に包まれているだけに非常に興味深く感じましたね」と振り返った。
ディスク2の最後に、AKIRA(彬良氏)とARI(泰氏の孫、彬良氏の次女で俳優の宮川安利)による新録の「逢いたくて逢いたくて」が収録されている。
泰さんの生前、家族で制作したCDで、泰さんと安利はデュエットしていた。彬良氏は今回の父と娘による新録に「長い熟成期間があり、僕も彼女もいろんな経験して今につながって、点と…今度は線になるといいなって感じですね。宮川博の曲を孫が歌い継いでいくというのは、一つのコンセプトですね」と感慨深げ。泰さんの音楽は、これからも生き続ける。
◇宮川泰(みやがわ・ひろし)1931年3月18日生まれ、北海道出身。大阪学芸大在学中から演奏活動を展開。上京後に渡辺晋とシックスジョーズのピアニスト、アレンジャーとなり、独立後は作編曲家、音楽監督、タレントなどで活躍。主な作品にザ・ピーナッツ「恋のバカンス」「ウナ・セラ・ディ東京」、園まり「逢いたくて逢いたくて」、沢田研二「君をのせて」、ささきいおさ「宇宙戦艦ヤマト」など。クレージー・キャッツの一連の映画やアニメ「宇宙戦艦ヤマト」シリーズ、テレビ番組「シャボン玉ホリデー」などの音楽も手がけた。2006年3月21日、虚血性心不全のため75歳で死去。
◇宮川彬良(みやがわ・あきら)1961年2月18日生まれ、東京都出身。東京芸大在学中からショーの音楽を手がけ、作編曲家、音楽監督、指揮者、ピアニストなど幅広く活躍。2003~10年、NHK Eテレ「クインテット」の音楽を担当、出演も。04年、松平健に作曲した「マツケンサンバ2」が大ヒット。主な音楽担当作品に舞台「身毒丸」「ハムレット」「天保十二年のシェイクスピア」、アニメ「宇宙戦艦ヤマト2199」、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」など。
