篠山紀信さん 逝く 激写60余年 過激で斬新な作品 時代を女性を都市を描き出す

 ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻や、宮沢りえのヌード写真集など、時代の顔を激写してきた写真家の篠山紀信(しのやま・きしん、本名紀信=みちのぶ)さんが4日早朝、老衰のため死去したことが5日、分かった。事務所と小学館が発表した。83歳。東京都出身。妻は元歌手の南沙織さん(69)、次男は俳優の篠山輝信(40)。葬儀は遺族の意向により近親者で執り行う。お別れ会の開催は現時点では未定。

 過激で斬新な作品を生み出し、時代の先端を走り続けてきた巨匠が旅立った。

 篠山さんの事務所が「1月4日早朝、老衰のため永眠いたしました」と訃報を発表した。次男の輝信の所属事務所によると、篠山さんは体調を崩して、4日早朝に救急搬送され、そのまま、息を引き取ったという。

 日大芸術学部在学中に広告制作会社に入社。68年にはフリーの写真家として独立し、「アサヒカメラ」や「週刊プレイボーイ」などでヌードを中心とした作品を発表した。

 女性の美しさを鮮烈に、大胆に捉えた。75年に雑誌「GORO」で、山口百恵さんの撮影をきっかけとした「激写シリーズ」がスタート。素人モデルも数多く撮影し「激写」は流行語に。作品をまとめた写真集「135人の女ともだち」は70万部超の大ヒットとなった。昨年5月に休刊となった「週刊朝日」の表紙を担当。「女子大生シリーズ」は、当時、熊本大に在籍していた宮崎美子が第1号として表紙を飾って爆発的な人気となるなど、名物企画となった。

 91年には女優・樋口可南子のヘアヌード写真集「water fruit」を発表。“タブー”とされてきたヘアを解禁させ、論争を巻き起こした。さらに当時18歳で人気絶頂だった宮沢りえの「Santa Fe」は165万部の売り上げを記録。書店から写真集が消える社会現象となった。

 表現を追い求める中で世間を騒がせたことも。08年に発売された写真集「20XX TOKYO」の撮影で、都内の青山霊園などの屋外でヌード撮影を行ったとし、事務所や自宅が家宅捜索され、10年に礼拝所不敬と公然わいせつの罪で略式起訴された。

 描き出したのは女性の美しさだけではない。作家の三島由紀夫に請われ、自決する数日前まで撮影。80年に発売されたジョン・レノン生前最後のアルバム「ダブル・ファンタジー」のジャケット写真も手がけた。被写体は都市風景や建築にも及び、複数のカメラを連結して撮影する「シノラマ」など新しい技法でも知られた。

 時代を切り取り、常に挑戦を続けてきた不世出の写真家が、静かにその人生を終えた。

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