星野源 伊丹十三賞に「心臓から感動」【12分35秒スピーチ全文】

 歌手、俳優、文筆家の星野源が多くのジャンルで活躍した人物に贈られる「伊丹十三賞」を受賞し、17日、都内で行われた授賞式に出席した。以前からどんな分野でもあぶれてしまう自分を照らすような存在だったといい12分35秒に及ぶ感激のスピーチをした。【以下、その全文要旨】

 「お水を持って来ていただいておりますので、少々、お待ちください。喉がからからでございます(笑)。まさかこんなに沢山の方が来ていただけるとは思っていませんで。本当に素晴らしい、今お話しを聞いていても、ものすごく心臓から、胸の内から感動をさせていただいております。素晴らしい賞をいただきまして本当にありがとうございます」

 「僕が小さい頃からテレビで伊丹さんの映画はよく流れていました。僕が一番小さい(頃の)記憶としては、なぜか『オレたちひょうきん族』か、『(邦ちゃんの)やまだかつてないテレビ』かどっちかだったと思うんですけど、サックスプレーヤーのMALTAさんが『マルサの女』のテーマを吹いて『マルタの女』というギャグをやっていて、なんてくだらないんだと思ったのが伊丹さん関連の記憶です。それをいつもことあるごとに思い出して、あれくだらなかったなって。そのたんびにマルサの女のテーマ曲が流れて。また伊丹さんの映画見たいなと思っていました」

 「小さい頃はよくテレビで流れていたのは『マルサの女』や『ミンボーの女』を見ていたのですが。もう一度見直してみようと思って。DVDボックスが出たあたりで、20代半ばごろだったですが見て。その時、大人になってといいますか、しっかり触れる伊丹さんの映画体験だったんですが、『タンポポ』を見て、なんて面白いんだと。こんなに面白いのか痛感して、そこから伊丹さんブームが訪れ。エッセーを読んだり、映画を全部見たり。ちょっとした後に伊丹さんの『伊丹十三の本』という本が出て、それを読んだり。『十三の顔を持つ男』というDVDを買って見たりしておりました」

 「てっきり映画監督だけだと思っていたんですが、本当にいろんな活動をされていることをそこで知って。すごく面白いなと思いましたし、かっこいいなと思いました」

 「ちょっと話が長くなって申し訳ないんですが、自分は中学1年生のころから演劇と音楽を始めて。高校3年生ぐらいの時に文章をかける人間になりたいと思い、それぞれ勝手に活動を始めました。音楽と演劇は学校の中で始め、それがだんだん仕事になり。文章は大人になってから始めて、それがだんだん仕事になりました」

 「その中で、芝居の現場にいくと、『音楽の人でしょう』と言われ、うん間違ってないと(自分では思った)。音楽の現場にいくと『芝居の人でしょう』と言われて。どの現場にいてもあぶれてしまう感覚というか、自分の居場所がないというふうにずっと思っていました。それに加えて文章もはじめてしまったので、どこへいっても『1つに絞らないの』とか『何が1番やりたいの』と言っていただいたんですが。小さいころからそれこそ植木等さんやいろんな人の活動を見ていて。僕が小さいころに憧れていた人はあんなに色んなことをやっているのに、なぜこんなにみんな1つのものに絞っていたほうがいいと言うのだろうと」

 「もちろん適当にやっていたらだめだと思うのですが、どの仕事も本当に大好きで、好きだなと思っていたら、あとはこれしかできないなと思っていたら、だんだんと仕事になっていたという感覚がありまして。なんだかすごく寂しい思いをしていました。どこかのグループに属することに憧れてはいたのですけど、ちょっとはみだしてしまう」

 「そんな中、伊丹さんの色んな顔を知ることによって、本当に好きなら、面白いと思ったことなら何をやってもいいんだと思うようになりました。本当に憧れのような。受賞コメントでも書きましたが、遠くに、ずっと灯台のように、サーチライトのようにあかりを照らしてくれるんですけど、どうやってもそこにはいけないようにできていて、大きな海が僕の島と伊丹さんの島には流れていて、それをおいかけようとした時期もあったんですけど、そうじゃなくて、自分の場所をつくれ、君は君の場所をつくれと言われているような感覚がありました」

 「20代後半からどこかに属するのじゃなくて、とにかく好きなことをやろうと。一人前になりたいという気持ちで、どの仕事もやっていたら、こんな素晴らしい賞をいただくことができました。伊丹さんにそれが君の場所だよと言われている気がして、すごくうれしかったです」

 「伊丹さんの作品を見て思うのは、僕は伊丹さんが生でしゃべっているのはテレビでも見た記憶がなくて、大人になってから、いろんなドキュメンタリーや番組などでしゃべっているのを拝見したり、エッセーの文を読むことでしかどんな人か知ることができなかったんですけど」

 「伊丹さんは、すごく自由な人だなという印象です。好きなことや面白いと思うことを本当に素直に追い求めて突き詰めて。それをみんなに紹介したり、実践することでまわりのひとが楽しくなったり、日本という場所が、見ている人たちが、みんなが心を躍らされて楽しいなと思ったり、気持ちがちょっと変わったりする。それって、すごいことだなと思います」

 「そして、怒りや憤りや悲しみからも自由だったと思います。きっといろんなことがあったと思います。その怒りさえも面白いことに変えて、みんなに見せて、皆が気分が悪くなるようなことではなく、すごく面白かったという思いで劇場を出たりテレビのスイッチを切ったりする。そんな表現をする人は、とてもとてもかっこいいと思います」

 「僕はそういう人にいつかなりたいと思いますし、植木さんのお話しもそうですけど、本当に真面目な人で『スーダラ節』を歌うのが本当はいやだったというお話しを聞いたりしていて。歌詞は人間の真理だから堂々と歌っていいんだよとお父さんから言われて、歌うのを決意したそうで。そういうところも含め。自分はすごく明るい人間ではないけれど、楽しいものとか面白いものを届けてもいいんだと思わされたというか、思っていいんだという風にしてくれた素晴らしい人で」

 「伊丹さんにも植木さんにも僕は直接はお会いできなかったんですけど、そういう自分が受け取ったものは、絶対に何らかの形でつながっていくと思っていて、人は死んでも絶対にみんなが話したり、つないでいったり、自分の栄養にして何か人に話したり、表現したりすることによって遺伝子はつながっていくものだと思っていて、そういう遺伝子を僕も伊丹さんからもらっているので、ちゃんと自分のフィルターを通した形でその遺伝子をつなげていけたらと思っております」

 「めっちゃ(スピーチ)長いですね。本当、すいません…。一応紙で5分から10分って書いてあったのでいいかなと思ってお話しさせていただいているんですけど」

 「『タンポポ』のドキュメンタリーを見ていて、今日初めて玉置(泰=映画プロデューサー)さんにおあいして、『タンポポ』のドキュメンタリーで玉置さんがお話ししているのを見ていて、眼鏡をかけていて、お会いした時に最初どなたか分からなくて、玉置ですって名刺をいただいて、あっあーって、あの時眼鏡かけてましたよねって。『タンポポ』でホームレスの方々が歌を歌うシーンで。そのシーンの多分、リハーサルをやっているのに、メーキングのカメラの前でものすごく大きな声で話をする玉置さんが印象に残っていたんですけど。すごく面白くて」

 「先ほど宮本さんに今度デート行きましょうねといっていただいて。違う大陸だと、僕と伊丹さんの場所は本当に違う場所だと思っていたんですけど、こういう場所にこさせていただいて、お話しをさせていたいて、あっ玉置さんて本当にいるんだみたいな。直接お話しさせていただいて、大陸は海の中でつながっていたなとすごく思います」

 「本当に長々とすいませんでした。うれししすぎて今日はあまり寝られないと思います。この度は受賞、本当にうれしいです。本当にありがとうございました」

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