羽生結弦さん 震災14年に「ずっと寄り添い、発信続ける」 被災地支援の広告塔「スケート人生の使命の一つ」
東日本大震災の発生から11日で14年。フィギュアスケート男子で2014年ソチ、18年平昌五輪2連覇の羽生結弦さん(30)は、被災地支援の広告塔になることを「スケート人生の使命の一つ」と意義付けてきた。10日に出身地の仙台市で共同通信のインタビューに応じ「解決できていない問題がまだまだ残っている。(被災者に)ずっと寄り添い、発信し続けたい」と胸中を語った。
宮城・東北高1年だった羽生さんは、仙台市内のリンクで練習中に被災した。自宅は全壊判定を受け、避難所生活も経験した。「あの頃の光景、あの時感じた怖さは昨日のように思い出せる」と明かす。
初めて金メダルに輝いた2014年ソチ五輪以降は「部外者が足を踏み入れていいのか」と葛藤を抱えながらも被災地を訪れ、宮城県石巻市などで住民と交流を図った。「いまだに家に帰れていない方も、心に傷が残ったままの方もいる」と思いを寄せ続けている。
復興支援の活動は地元にとどまらない。能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県輪島市を昨年6月に訪問し、同9月には県内でチャリティー演技会に出演した。オンライン有料配信やTシャツ販売による収益、約4400万円が寄付金となった。
今月7~9日に宮城県利府町で開催したアイスショーでは、店舗が焼失した店主らに出店を呼びかけた。「ショーを見に来てくれた方が輪島の商品を買って応援してくれ、支援の輪が広がっていくことを実感できた。これが僕ができる最大限の支援なんじゃないか」と気付きがあったという。
22年のプロ転向後も、ショーで圧倒的な集客力を誇る羽生さん。「東日本大震災を風化させないための、きっかけであり続けたい」との決意で銀盤に立ち続ける。





