【増島みどり寄稿】14年ぶりサニブラウン決勝のその日、レジェンド末続は…

 小雨が降り続いた11日の朝、日大グラウンド(東京・世田谷区)の片隅には、重い金属音が響いていた。古びたウエートルームでは、伝説のスプリンターが80キロ、100キロ、120キロ、と、バーベルの重さを20キロずつ上げながら1人、黙々とスクワットを繰り返す。03年パリ世界陸上男子二百メートルで銅メダルを獲得した末続慎吾(SEISA)は、37歳の今も、こうして自分で組み立て、決断し、自らを追い込むトレーニングと日々向き合っている。

 実に14年ぶりとなったサニブラウンの決勝進出で、コメントを求める依頼が殺到した。しかし評論より、いつも通りのトレーニングを選んだのは競技者としての矜持にほかならない。約1時間半の練習を終え、「もちろんちゃんと見ていましたよ」と、早朝の決勝、走りについて初めて口にした。

 「サニブラウン君の顔には、戦おうという気持ちが表れていたように見えました。オリンピックや世界選手権の舞台で、僕たちスプリンターには一体何が求められているのか、彼にはそれが分かったのではないでしょうか。残り100メートルで太もも裏に痛みが出たのか走り切れませんでしたが、戦えなかった悔しさを噛みしめたのだとすれば、7位ではなく、それが最大の収穫でしょう」

 パリは予選から決勝まで4本レース。疲労の極限で迎えた決勝では90メートル地点で、太ももが「ブチッ」と肉離れする鈍い音がはっきり聞こえた。しかしそこで記憶が途絶え、気が付けば走り切っていた。肉離れのため、結局リレーには出場していない。

 「決勝を前に、彼は決勝は足がもげてでもゴールする、とコメントしていましたね。僕はあの時、足がちぎれても走り切ると覚悟を決めて本当に走ってしまった。他人(ひと)が限界だと思っているさらにその先の未知に、自分で踏み込んで行けるか。これから、今回感じたはずの、速く走るだけではなく、いかに強く戦うかを意識して日々トレーニングに臨むんだと思います」

 11日の決勝は、末続にも特別なレースとなった。9年ぶりの復帰を果たした6月の日本選手権で、自身以来14年ぶりの100、200の二冠を遂げた18歳が、世界陸上の、同じ200メートル決勝に立った姿に、当時の自分を初めて客観的に見つめられたという。

 「彼のお陰で、末続慎吾という1人の競技者のあり様を、14年目にして初めて見たように思います。あぁ、あの時ヤツは本当に戦っていたんだな、って」

 練習を終えると、レジェンドは笑顔で自転車を押しグラウンドを出た。外に出ようかという時、キャップを脱ぎ、トラックに向かって深々と頭を下げた。それもいつも通り。(スポーツライター・増島みどり)

関連ニュース

編集者のオススメ記事

スポーツ最新ニュース

もっとみる

    主要ニュース

    ランキング(スポーツ)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス