大島康徳さん死去「生ききった」16年からステージ4大腸がん闘病の末力尽く

 プロ野球の中日、日本ハムで活躍し、日本ハムの監督も務めた野球評論家の大島康徳氏が6月30日、大腸がんのため東京都内の病院で死去したことが5日、分かった。70歳。大分県出身。大島氏は、2017年に自身のブログで、16年10月に大腸がんが発覚したことを告白。以降も闘病の過程をつづり、がん患者の心の支えとして奮闘してきた。通夜と葬儀・告別式は故人の遺志により近親者のみで行われた。

 大分弁で「負けてたまるか!」を意味する「負くっか」の思いを貫徹した人生だった。

 大島さんは大分・中津工から1968年度ドラフト3位で中日に入団。74、82年のリーグ優勝に貢献した。76年はシーズン代打本塁打7のプロ野球記録を樹立。83年に36本塁打で初の本塁打王を獲得した。

 87年オフに交換トレードで日本ハムへ移籍。90年8月21日・オリックス戦で、当時最年長の39歳10カ月で通算2000安打を達成した。44歳まで現役を続け、引退後は2000~02年に日本ハムで監督を務めた。06年に行われた第1回WBCで王監督率いる侍ジャパンの打撃コーチとして世界一にも貢献した。

 17年に自身のブログで16年10月に大腸がんが発覚したことを告白。ステージ4で肝臓への転移していることを診断され、「余命1年」を宣告された。それでも「1人ではがんと闘えない。社会とつながっていないと立ち向かっていけない」と、大病にも屈さずに野球評論家としての活動も続けた。

 今年6月にはがんが肺にも転移していることをブログで告白。同12日にはエンゼルス・大谷が登板した試合をテレビで解説。声がかすれながらも、延長戦にもつれ込む長時間試合を最後まで伝えた。

 6月24日夜には自宅に戻り、在宅医療に入ったことを報告。同28日に「ブログを書くことが、きつくなってきました」と記して家族に更新を託し、再入院していた。余命1年宣告から4年8カ月。最後まで前向きに、がんと闘い続けたが、同30日に天国へ旅立った。

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