【野球爺のよもやま話】小中高と一緒にプレーした三村敏之氏との縁

 元中国新聞記者でカープ取材に30年以上携わった永山貞義氏(71)がデイリースポーツで執筆するコラム「野球爺のよもやま話」。広島商、法大でプレーした自身の経験や豊富な取材歴からカープや高校野球などをテーマに健筆を振るいます。

  ◇  ◇

 歳月の流れとは早いもので、ぼんやりと人間をやっていると、いつの間にか還暦はおろか、古希まで過ぎてしまった。いわば毎月1度の定期健診でかかりつけの医院に行けば、「酒ばかり飲んでいないで、たまには体を動かしなさい」と言われて頭をかく年ごろである。

 こんな老兵に事もあろうに、デイリースポーツから「野球のコラムを書いてほしい」との注文が舞い込んできた。確かにかつては体育会系出身で、その道の記者ではあった。しかし、いまだ中国新聞社に一応の籍を置き、しかも今は囲碁担当という文化の薫りが強い仕事を本職にしている者に対してだ。

 この依頼に当初、「はて、さて、?」と長考したが、定年後は「今を楽しんで、今に満足をしない」とのモットーの下、余命を刻んでいる人生である。加えて唐の詩人、杜甫の詩が典拠といわれる「古希」の意味を自分なりに解釈し、引き受けることにした。

 その語源とはいわく、「酒代のツケは普通、私が行くところにはどこにでもある。しかし、70年生きる人は希(まれ)である」。1100年以上も前の昔とあれば、そうであったろう。私はこれを「70歳になっても、飲み屋にツケが利く人は希である」と自身に当てはめ、野球のコラムを書く勇気を取り戻したのだった。

 以上が引き受けるまでのいきさつ。今回は1回目なので、簡単な自己紹介をしておきます。出身はあの三村敏之君と大字まで一緒の海田町中店で、小、中学校の同級生。さらに高校が一緒の球児なら、大学も一緒に行って同じ球を追うことも決まっていた。

 こんなつながりも、彼がドラフト会議で2位指名されたカープ入団への道を選んだため一度は途絶えたが、今度は私が大学卒業後、中国新聞社に入社し、カープ番記者になったことから、また復活。彼が61歳で亡くなるまで続いた。こんな関係を多分、「腐れ縁」とでも言うのでしょうね。

 もう一つ私の球歴を加えると、大学はあの山本浩二さんの2年後輩。野球部合宿所で同じ釜の飯を食ってきた間柄である。しかも同じ外野手とあって、こちらが勝手にライバル視していたが、「おまえは線が細かったからのお」と後年、言われたことから察すると、最初から相手にされていなかったかもしれませんねえ。

 振り返って見れば、これも半世紀前の話。こうした高校、大学時代のたわ言はこれから折を見て書いていこうと思います。拙筆ですが、よろしくお願いします。(元中国新聞記者)

 永山貞義(ながやま・さだよし) 1949年2月、広島県海田町生まれ。広島商高-法大と進んだ後、72年、中国新聞社に入社。カープには初優勝した75年夏から30年以上関わり、コラムの「球炎」は通算19年担当。運動部長を経て編集委員。現在は契約社員の囲碁担当で地元大会の観戦記などを書いている。広島商高時代の66年、夏の甲子園大会に3番打者として出場。優勝候補に挙げられたが、1回戦で桐生(群馬)に敗れた。カープ監督を務めた故・三村敏之氏は同期。元阪神の山本和行氏は一つ下でエースだった。

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