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【私の高校野球】元PL学園・田中一徳さん 怪物・松坂はやっぱりすごかった

 延長16回、本橋の遊ゴロの間に同点の生還をするPL学園の三走・田中一。左は横浜・松坂=1998年8月20日
 タイムリーを放つPL学園・田中一(投手・松坂)
 母校・PL学園での思い出を語った日本経大・田中コーチ
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 高校球界にとって今年は、選抜大会が第90回、選手権大会が第100回を迎える節目の年。長い歴史の1ページを振り返る特別企画「私の高校野球」第1回は、1998年夏の甲子園準々決勝で松坂大輔擁する横浜と延長十七回の死闘を演じたPL学園の1番打者、田中一徳さん(36)=日本経大コーチ=です。あと一歩まで怪物を追い詰めたキーマンが語る3時間37分の激闘。人生を左右した大一番を振り返ります。

 あれから、もう20年がたつんですね。今も映像で振り返るし、忘れることはありませんね。人生のターニングポイントでしたから。

 僕らは98年のセンバツ準決勝で、横浜に2-3で負けています。夏は松坂さんをどう攻略するか。目標は明確でした。

 松坂さんは春の時点で次元が違って、今まで見たことがない球を投げていました。あんな球はプロでも見たことがない。高校生がよくあんな球を打っていたな、というのが正直なところです。守備も含めたトータルでナンバーワン。すごい投手はたくさん見てきたけど、松坂さんを抜くことはありませんね。

 それだけの投手を、どこから崩すかってことになると、捕手から崩そうかという形になったんです。すでに有名な話ですが、三塁ベースコーチの平石さんが、捕手・小山さんの癖を盗んで声で球種を伝えていました。それぐらいしないと点が取れない投手でした。

 あとは、気持ちですね。「PLのOBがしょうもないこと言っているよ」と思われるのも分かっていますが、僕らには何事にも代えられない言葉です。技術で劣る分、気持ちしかない。横浜に勝る、練習量や精神力の強さでカバーしないといけなかったんです。

 試合中に何度も気迫が出たプレーがありました。1点を追う延長十六回1死三塁もそうです。三塁走者の僕は、ゴロを処理した遊撃手が一塁へ送球する間に、本塁へヘッドスライディングして同点に追い付きました。

 今でもよく覚えていますが、僕はあの時、打席にいる3番・本橋さんに「とにかくゴロを打ってください」と指で指示を出しています。生意気かもしれませんが、それしか点が入らないと思っていたので。

 先輩も同じ気持ちだったと思います。打った本橋さんは、一塁にヘッドスライディングをしました。その気迫が一塁・後藤さんの送球を狂わせた部分もあると思います。本橋さんは天才的で、泥だらけでプレーするタイプの選手ではなかったので、ヘッドスライディングするなんて考えられないし、見たこともない。本橋さんも映像で振り返っても、自分でやった記憶もないって言っていましたから。みんな気持ちで戦っていたと思います。

 でも、やっぱり松坂さんはずっとすごかった。横浜の選手がすごかったこともありますが、点を取っても取っても勝てる気がしなかった。だから、記憶は優勢だった前半と最後の方はあるけど、七~十四回ぐらいまでがあまりないんです。押されて、しのぐ時間ばかりだったから、ほっとしていたからかもしれません。

 振り返ると、これが試合のポイントだったのかもしれません。普通なら序盤に4、5点を取れば優位に進められる。うちの投手もそんなに点を取られないし、守備もよかった。でも、横浜はそれをはるかに上回っていた。

 横浜は一度も負けていなかったし、負ける怖さを知らない。PLの方が「負けたら、また悔しい思いをしなければいけない」と思ってたんでしょうね。今思えば、体が負ける怖さに勝手に反応していたのかなとも思います。「勝ちたい」というチームと、「負けない」と思っているチームの差だったのかなと思います。

 僕はあの試合でグラウンドに立てたことに感謝しかありません。4安打もはっきり覚えています。松坂さんから打った4安打のおかげで、プロに行かせてもらえたと思っていますから。

 あれを評価するのは周りだし、その評価のおかげで野球を続けられたと思っています。プロ入り後にネガティブに捉えられて、いろいろと言われたこともありましたけど、あの4安打を自分の中でマイナスに捉えたことは一度もありません。

 今年はセンバツ、夏ともに記念大会ですね。僕は今まで生きてきて甲子園に出ることは、別格だと感じることがたくさんありました。みんなに目指してもらいたいし、いつまでも魅力のある大会であってほしいですね。

 ◆98年夏の甲子園準々決勝第1試合VTR PL学園が二回に3点を先制したが、横浜は四回に小山の2ランで反撃。PL学園に1点を追加されるも五回に松本の2点三塁打で同点とした。その後は両校とも1点ずつ奪い、5-5で延長戦に突入。横浜は延長十一回、十六回にそれぞれ勝ち越すが、直後にPL学園が追い付く大熱戦に。最後は横浜が十七回2死一塁から常盤の2ランで勝ち越して決着。松坂は250球を投げて完投した。

 ◆田中 一徳(たなか・かずのり)1981年10月28日生まれ、36歳。兵庫県尼崎市出身。右投げ左打ち。PL学園では春2度、夏1度の甲子園に出場。99年度ドラフト1位で横浜(現DeNA)入団。2007年からは米独立リーグでプレーし、08年限りで現役引退。14年から拓大紅陵(千葉)のコーチを務め、16年から日本経大のコーチに就任。

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