フェンス激突で救急車の要請に感謝 あの時、担架で運ばれていたら野球人生は終わっていた~佐野仙好氏の猛虎回想禄

 9回、大洋・清水透の左中間ライナーを背走して捕球した阪神・佐野仙好がそのままコンクリートのフェンスに激突。レントゲン撮影を終え、集中治療センターに運ばれる=1977年4月29日
 事故から1カ月ぶりに甲子園に帰ってきた阪神・佐野仙好。はやる気持ちを抑えトレーニングシャツで力強くグラウンドを走った=1977年6月7日
 阪神の外野手として活躍した佐野仙好さん
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 元阪神の外野手で、1985年の日本一メンバーでもある佐野仙好さん(72)が現役時代を振り返り、改めて当時のチームスタッフへ感謝の気持ちを表した。

 佐野さんは16年の現役生活で最も印象に残るシーンに、外野フェンス激突事故から戦列へ戻った日の“復活アーチ”を挙げる。

 1977年7月3日。ヤクルトとのダブルヘッダー。第1試合の終盤に守備固めで左翼に入り、マニエルの飛球を軽くさばいた。続く第2試合は6番・左翼で先発出場した。

 先頭で回ってきた二回だった。この復帰後の初打席で、左翼ポールを巻く目の覚めるような本塁打を放った。左腕安田の2球目、直球。鳥肌が立つような劇的アーチだった。

 「安田さんが打たしてくれたのかなぁ」

 今でもそう言って不思議そうに振り返る。何か目にみえない大きな力が働いたとしか思えなかったからだ。

 「また野球がやれるということを確信できた、喜びを感じるホームランだったから、僕にとってはやっぱりこの打席ですね。印象深いのは」

 また野球ができるのか-。この疑問を医師にぶつけたのは事故の翌朝だった。救急搬送された病院で意識が戻ったのは真夜中。生死にかかわる事故に遭いながらも、痛みの残る頭を支配したのは、野球選手を続けられるかどうかの一点だった。

 フェンス激突事故はその年の4月29日。川崎球場で行われた対大洋3回戦で起きた。

 7-6。1点リードで迎えた九回裏一死一塁。代打清水の放った左翼後方への飛球を追った佐野さんは勢いよく頭から飛び込み、捕球と同時にコンクリート製のフェンスにぶつかった。

 その場に倒れて動かない。ナインが集まりスタッフも駆け寄る。ボールはグラブに収まったまま。それは異様な光景だった。その後、救急車がグラウンドレベルまで誘導され、すぐさま川崎市内の病院へ向かった。

 当然だが、衝突の様子は記憶にない。覚えているのは医師との会話だ。すがるような佐野さんの問いかけに医師は「野球はできます」とはっきり答えた。ただ、いろんな説明を受けているうちに、重大なケガだったことを認識した。

 「左前頭部の線状骨折」との診断にやや救われた気もしたが、「あと数ミリ深く割れていたら脳が傷つき意識が戻らない可能性もあった」と言われた。

 そして、それ以上に深刻だったのは第3、第4頸椎にダメージを受けていたことだ。

 『首が一番の問題。もし球場に救急車が入らず担架で(救護室まで)運ばれていたら、おそらく首はダメになっていたでしょう』

 これが医師の所見だった。野球ができず日常生活にも支障をきたす。救急車の要請、手配がそんな危険を未然に防いでくれたということか。

 「僕は猿木さんのお陰だと思ってます。ああいう措置をとってくれてありがたかった」

 阪神タイガースで43年間、選手の身体ケアを担い、危機管理対応に従事した猿木忠男さんだ。米球界に習い日本球界に“アイシング療法”を持ち込んだ名トレーナーは恩人のひとり。

 集中治療室に1週間入り、1カ月の入院とリハビリを経て65日後に実戦。驚異的なスピードで現場復帰できたのも、周りにいる人たちの支えがあったからこそだろう。

 その中には、入院中に激励の手紙を送ってくれた身障者の子供たちも含まれている。

 『野球がやりたくてもやれない僕たちの分まで、元気になって頑張ってください』

 涙が出るほどうれしかった。その気持ちを「仙好シート」に込め、甲子園球場に身障者の人たちを招待する“観覧席”を設けた。

 77年は本格的に内野から外野へ転向して臨んだシーズンで、レギュラーとしてスタートしたばかりだった。

 「あの時は内野手として“取れるボールには飛びつく”という習慣が本能的に出てしまった。外野手としての経験が浅く未熟だったし、川崎球場は右、左中間の膨らみがないというのも頭に入ってなかった」

 現在、各球団使用球場のフェンスにはラバーの設置が義務づけられている。

 また事故発生後、一塁走者のタッチアップによる本塁生還が認められて同点となり、試合は引き分けに終わっている。野球規則に則ったものだったが、その後、選手の生命にかかわる負傷が生じた場合、審判員はタイムを宣言できる-とルール改正された。

 「僕も少しは野球界に貢献したんじゃないですか」

 冗談交じりに話す佐野さん。復帰後、頭に痛みを感じたことは一度もないが、首から肩にかけては「いまだに張る」という。

(デイリースポーツ/宮田匡二)

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