夢に恵まれた英雄にあやかる
【8月23日】
夏の甲子園、その決勝戦が幕を閉じた5時間ほど後、沖縄尚学の父母会長は祝杯をあげていた。西宮市内の料理店で日本一の歓喜に浸っていたのは宜野座恵造。大ヒーローの父親である。
日大三高を破って悲願を達成した瞬間、父母会長の涙腺は決壊した。アルプススタンドで大粒の涙が溢れ、ネット越しに手を挙げる沖尚ナインの姿がぼやけて見えた。
決勝戦のスコアは3-1。宜野座の愛息はその3点全てに絡んだ。1点を追う二回に先頭で出塁し、同点のホームを踏んだ。同点の六回に決勝タイムリーを放つと、八回に左中間を破る3点目のタイムリー。甲子園で熱戦を堪能した僕はウチナー流の祝杯中にお邪魔し、ぶしつけに聞いてみた。
宜野座さん、あえて一つ言うなら、きょうは息子さんのどの打席、どのプレーを褒めてあげましょうか?
父は言った。
「同点のあれ…。同点がなければ、勝っていないわけですからね」
僕はスコアブックを見ながら、ああ二回のこれ!と言うと…
「あいつ、3本打ちましたよね」と確かめるように笑った。
「同点のあれ…」と聞いて振り返ってみると、タイムリーではなく先頭で打った内野安打。深く問わなかったけれど、察するに「あれ」とは「あれ」だろうか…。だとしたら、渋い。
4番で捕手。打っては神がかり、守っては2投手を好リード。相手強力打線をスミ1に封じ込んだ。
息子の名は恵夢(えいむ)。阪神のキャンプ地、宜野座村で生まれ育った野球少年が家族の悲願を叶えた。
父は宜野座高校野球部の外野手として甲子園を目指したが、夢に届かなかった。授かった男児は非凡な運動能力と努力する才能に恵まれ…。託した大願は、当然、おらが村の母校で叶えてほしい思いがあった。しかし…
「おとん、勝負させてくれ」
恵夢が宜野座中学野球部を引退した15歳の夏、沖縄尚学で甲子園を目指す決意を自宅で語ったという。息子が人生で初めて悩みに悩んだ末に出した答え。父も異論はなかった。
勝負した2年半の総決算。二回の第1打席に内野安打で出塁すると、犠打で二進した。ここで続く6番の安谷屋春空が快音を奏でたが、その痛烈なライナーを遊撃手が好捕。あぁライナーゲッツー…と思ったら彼は瞬時に帰塁していた。そして、その直後に阿波根裕のタイムリーで同点のホームへ。誰だって前のめりになる大舞台であの冷静さ、平常心…。「同点のあれ」が沖縄へ深紅の優勝旗をもたらしたのだ。
「あいつ、阪神ファンで…。梅野選手へのリスペクトがすごいんです。甲子園で梅野選手と同じポジションでプレーして優勝。夢に恵まれました」
阪神が宜野座キャンプで開催する野球教室で少年時代に手ほどきを受けた梅野隆太郎への感謝、敬意を恵夢はずっと持ち続けている。
「夢に恵まれますように」と父がなづけた…恵夢。秋にはもう一つの夢に恵まれ、間違いなく叶う。=敬称略=
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