小声で「ありがとう」

 【2月5日】

 黒いソックスが膝下まで見えるクラシックスタイルの原口文仁が左翼にいた。井上広大らが振り抜くフリー打撃の飛球に1球づつ反応する。右…。左…。守備範囲外のボールにもステップを踏む。

 2年ぶりに安芸へきた。土佐の風、南国のひざし、初めて来た20余年前と何も変わらない薫り。沖縄もいいけど、やはり高知も…。利便さでいえば、1、2軍のキャンプ地は隣同士がいい。でも、高知は外せない…個人的にも。

 さて、1軍監督が視察に来れない2軍キャンプにおいて、僕は何を発信しようか。いやいや、1、2軍の首脳は日々やりとりしているし、最近はCS放送がほぼほぼ網羅する時代。ここで綴らなくとも矢野は手に取るように「安芸のあんばい」が分かる。それでも、沖縄の将へ伝えたい。

 フミ、元気ですよ。

 「ああ、風さん?誰かと思いました。サングラスしてたら、まったく分かりませんよ」

 フミじゃない。原口と同期入団で、昨季ユニホームを脱いだ藤川俊介である。今年からタイガースアカデミーの指導者になる俊介は所属するマネジメント事務所の代表とともに挨拶を兼ねて安芸へ。ばったり再会したスーツ姿の彼を見ながら思う。09年のドラフトで現役の猛虎は、もう、秋山拓巳と原口だけになったのかと。

 さて、こちらが安芸でフミを追っていると、宜野座で派手にかっ飛ばした怪物の話題が飛び込んできた。もし、昨季同様テルが外野を担うなら、サバイバルは熾烈になる。中堅、右翼の本命が順当であれば、左翼が激戦になるのは自明。そこに割って入る候補は、一人、二人…もっと顔が浮かぶ。

 捕手ミットを置き、左翼で打球を追うフミを眺めながら思い出した。かつての懐かしい光景を…。

 「風ちゃん、俺はどこでもやるよ。メシ食わないけんから」

 カープ時代の木村拓也である。

キャンプ地日南で外野を守る拓ちゃんは確かにそう言っていた。

 捕手入団した彼のユーティリティーは書くまでもないけれど、プロでは内外野専念。ファンは内野手のイメージが強いか…でも、引退する直前までは外野手登録で、多いときは5種類のグラブ、ミットを携えて練習していた。そして原巨人では緊急捕手で窮地を救いヒーローになった夜も。

 09年に引退した木村拓也と、09年入団の原口文仁。捕手から内外野へ転向した両者に共通するものってあるのだろうか。あるとすれば、僕が感じるところ、それはプレースタイルではなく…。

 「自分を知ることよ」

 拓ちゃんが急逝したとき、彼のそんな言葉を思い返し、僕自身の戒めにしたこともあった。

 晴れ渡る安芸の左翼で打球捕を終えた原口は、外野フェンス沿いのボールボーイに小声で「ありがとう」と声を掛けていた。フミとは、そういう男だ。

 沖縄へ向け派手な報告はない。地味な練習を、謙虚に地道に…。「自分を知る」苦労人が最後に笑うと僕は思っている。=敬称略=

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